45 神様
年末に僕は帰省しました。結婚指輪は外していきました。兄は帰る田舎もなくしてしまったので、一人で過ごすとのことでした。
帰って来た昼過ぎ、父はまだ仕事だったので、母とクッキーをつまみながら話をしました。
「卒論どう?」
「なんとか書けそう。質は自信ないけど」
母は僕が家を出た後、パートでも始めようかと当初は考えていたそうです。しかし、父がそれを許しませんでした。理由はわかりませんでした。母は従い、専業主婦のままでした。
母については、言葉に詰まります。決して嫌いなわけではありませんでした。どこにでもいる普通のお母さんだと思っていました。しかし、兄から真実を聞いて、見方が変わってしまいました。
父を略奪したのだろうか。それとも知らずにいたのだろうか。後者であってほしいと思いました。母は神聖なものでしたから。
両親の仲の良さならずっと感じて育ってきました。結婚記念日は必ず祝い、互いの誕生日にプレゼントを欠かさない。そんな二人でした。
「父さん、いつ頃帰ってくるの?」
「夕飯までには。いつものお寿司とお蕎麦ね」
母と二人というのはどうにも居心地が悪かったんです。何かの拍子で兄の話が出るかもしれないと思うと。だから、父が帰宅した時にはホッとしました。
「おかえり、父さん」
「おう、ただいま。酒飲もう、酒」
スーツ姿の父は相変わらずカッコいいなと思いました。前髪をおろし、ラフなスウェットになった時でもそうなんですけど。
僕たちは日本酒で乾杯しました。父は年末の忙しさをぼやきました。その日は会社自体は休みだったそうですが、業務が滞っており一人出勤していたとのことでした。
「管理職も大変だね」
「瞬もしばらく経てば父さんの気持ちがわかるようになるさ」
年を越し、父と初詣に行きました。寄り添い、手を繋いで。父とこうして歩けるのもこれが最後だと思いました。僕は自首するのですから。
神様には何もお祈りしませんでした。おみくじは凶。ぴったりでした。りんご飴を買って帰りました。
父の部屋に行き、またアルバムを見せてもらいました。今度は父の幼い頃の写真でした。亡くなった祖父母の家から引き取ってきたアルバムがあったのです。
「父さん、小さい頃からカッコいいね」
「まあ、モテてたよ。初恋は幼稚園の時だった」
「早いね」
話は僕の恋のことになりました。もう結婚している人がいるけど、僕は理想について語りました。
「父さんと母さんみたいな夫婦になりたいな。きちんと記念日祝うようなさ」
「あれは罪滅ぼしみたいなもんだよ。父さん、仕事ばっかりで家空けてるから」
「それでも素敵。父さんって本当に母さんのこと好きだよね」
父は照れました。調子がよくなってきたところで、兄の話を出しました。
「兄さん、元気にしてるかな」
「ああ……してるといいな」
「連絡、取ってみたらいいのに」
「嫌がられるだけだと思うよ。向こうからきたら別だが、父さんからはしない」
父の意思は固いようでした。兄さん、待ってるよ。そんな言葉が喉まで出かかりました。今、一人で部屋に居るであろう兄を抱き締めたくなりました。
一日の昼には兄の部屋に戻りました。兄は雑煮を作っていました。
「これ、ばあさんの再現。完全にはできてないけどな」
丸餅に白味噌、大根、人参。ほんのりと甘く、美味しかったです。僕は兄を初詣に誘いました。
「父さんと行ったんじゃねぇの?
それに俺、神様信じてないし」
「屋台がたくさんあるよ」
「……じゃあ、行くか」
食べ物には弱い兄でした。兄はきょろきょろと周りを見渡しながら、物色を始めました。
「おっ、イカ焼き。お好み焼きもあるぞ。ラーメンもいいな」
「まずはお参りしてからね?」
「願い事なんてないけど」
「挨拶するだけでいいんだよ」
僕たちは手を合わせました。そして、すぐに屋台のところに戻りました。兄は串焼きにベビーカステラ、わたあめを買いました。
「おい、瞬、わたあめ持ってろ」
「しょうがないなぁ」
「瞬ってそういうふわふわしたもの似合うな。可愛い」
人の少ないところまで移動し、石段に座って買ったものを食べました。僕はわたあめをちぎって兄の口に放り込んでやりました。僕の口にはベビーカステラが詰められました。
帰宅して、その年初めてのキスをして、交わりました。終わった後、タバコを吸いながら兄に尋ねました。
「一人で年越し……やっぱり寂しかった?」
「まぁな。でもいいんだ。こうして初詣行けたし」
僕は一つでも多く、兄との思い出を作りたいだけでした。だから、神様なんてどうでもよかったんです。いるかどうかはわかりません。ただ、いたとすれば、最後まで神様は僕たちのことを待っていてくれたのかもしれません。今となってはそう思うんです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます