44 結婚
街中がクリスマスの色に染まった頃。兄がこう言ってきました。
「なぁ……結婚指輪、買わないか。どこにも誰にも誓えないだろ。物だけでも欲しいんだよ」
僕はそれに賛成しました。もうなりふり構っていられません。僕たちに残された時間は少ないのです。同性カップルとしてジュエリー店を色々と見て回りました。
兄と意見が合わなくて苦労しました。兄はせっかくだから派手な方がいいと言い、僕はシンプルなものを望みました。
二人であれこれ案をぶつけながら、マリッジブルーとはこのことかなと思いました。兄は強情でしたが、僕だって譲りたくなかったのです。
「瞬、勝負しない?」
そんなことになりました。なるべくフェアな戦いをしよう、と二人とも慣れていないボウリングに決めました。僕たちはボールの選び方すらわからずに店員さんに聞きました。
そういったレベルでしたから、ぐだぐだでした。二人ともガーターの連続。少しかすっただけで喜ぶ始末。底辺の争いでしたが、勝ったのは兄でした。
「……やっぱり瞬の案にする」
なぜかそう言われました。兄もややこしい人です。僕たちは、石も何もついていないプラチナの指輪を選び、裏に二人のイニシャルの刻印をしてもらうことにしました。
僕は卒論の追い込みに入っていました。毎晩パソコンに向かいました。気分が乗らないのでウイスキーを飲みながら。
「瞬、何か手伝うことある?」
「ないよ」
「じゃあ一杯もらってやる」
兄は映画を観ながら飲んでいることが多かったです。昼夜が逆転してしまうのは兄の持病によくないので、早めに寝かせようとするのですが、その前に求められるのがルーティンと化していました。
あと何回できるだろう。そんなことを考えてしまいました。永遠はないのです。そして、自分たちの手で終わらせるのです。
クリスマスイブ当日は、指輪を受け取り、大きなツリーを見に行きました。白いツリーでした。金色と金色の飾りがついていました。
そういえば二人で写真を撮ったことがありませんでした。ツリーを背景に通行人に撮ってもらい、スマホのホーム画面に設定しました。それを見て僕は言いました。
「やっぱり僕たち兄弟だよね。顔は似てないけどさ」
「ああ。同じような笑い方してるな」
ずっと一緒にいたから、そういうところが似てきたのでしょうか。幼少期を共に過ごせなかった分を取り返せたのだなと感じました。
夜はゆっくりしよう、と兄の部屋でケーキとチキンを食べました。互いの指にはめられた指輪を見ながら。
「僕たち結婚したんだね」
「そうだよ。もう浮気すんなよ。不倫になるからな」
僕はもう、他の男や女のところに行く気などさらさらありませんでした。思えば兄は一途でいてくれました。マッチングアプリの事件はありましたが。
キスをして、寝室に行くと、兄はクローゼットから赤い衣裳を取り出しました。
「えっ……何それ」
「着てくれよ。俺のサンタになって」
「それスカートじゃない」
「女装いけるだろ? 高校の和風喫茶行ったぞ」
「マジで?」
僕は確かに高校の文化祭で女装をしました。和風のワンピースを着て給仕したのです。しかし、チケットを持った家族でないと校内には入れないはず。聞いてみると、どさくさに紛れて入ったとのことで、兄は不法侵入者でした。
そんなこともあったので、僕には女装が似合うことはわかっていました。兄と過ごす最後のクリスマスイブ。これでいいのかと思いながらも着ました。黒のオーバーニーハイソックスまではかされました。
「おおっ、最高! 写真撮るぞ」
「ええ……」
僕はきわどいポーズを指定されました。撮られているうちに、乗ってきました。自分が可愛いことはわかっているからです。
そのサンタ服の上から身体をまさぐられました。色々と恥ずかしいセリフを喋らされました。
下着だけをおろされ、スカートとソックスをはいたままさせられました。その様子は動画に撮られていて、後で鑑賞会が行われてしまいました。
兄も意外とこういうのが好きだったんだな、と今さらのように思いました。まあ、僕たちの仲も四年目でしたから。変わったことがしたかったんでしょう。
最後はするすると脱がされ、素足に頬ずりをされました。
「あー、瞬の足、好き」
僕は体毛が薄い方でしたから、すべすべとしていました。兄が舐めてきたので、さすがにくすぐったくて笑いました。
クリスマスイブの夜は更けていきました。僕たちは大人ですし、悪いことをしたので、サンタクロースなんてやってきません。
なので、お互いに与えあいました。言葉と身体を交わしました。暖房の効いた部屋でのんびりと。これが、兄がいつか言っていた幸せなのだと思いました。
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