43 トパーズ

 その年の兄の誕生日は晴天でした。僕は天気予報とずっとにらめっこをしていて、当初は雨の予報だったので心配していたんです。


「俺、晴れ男だな!」


 そういうことにしておきました。朝早く電車に乗り、ゲートをくぐりました。まずは様子見をしよう、と小さめのジェットコースターに乗りました。何回乗っても慣れません。


「やべー! めちゃくちゃ楽しかった! もっと大きいの乗りたい!」


 兄がそう叫ぶので、並んで一番大きなジェットコースターに乗りました。僕も兄も悲鳴をあげました。


「……瞬、休憩」

「言わんこっちゃない」


 僕はソフトクリームを買ってきて兄に差し出しました。ベンチで長い時間をかけてそれを二人で食べました。

 喫煙所はないのか、と兄がそわそわし始めたので、ゲートの近くに戻ってタバコを吸いました。


「兄さん、どうする?」

「何かこう、軽いの」


 僕たちは、ゆっくりと移動しながら的にレーザーを当てていく乗り物に乗りました。兄は高得点を出しました。意外とこういうものは得意なようです。

 フードコートで休憩を取り、次はパレードを見ようとしていたのですが、兄がだらだらとタバコを吸うので席取りに失敗しました。


「あー、見えねぇな。じゃあいっか」

「うん……」


 結局、当てもなく園内を歩き回りました。兄は手を繋いできました。周りの視線が気になりましたが、誕生日くらいはと思い、離しませんでした。

 兄はキャラクターもののキーホルダーをねだってきました。合鍵につけよう、と僕は揃いで買いました。

 また喫煙所に行って、そんなことをしていたら、いい時間になってしまいました。タバコばかり吸っていた気がします。僕の方から言いました。


「最後に観覧車乗ろうよ」


 兄は高いところが好きみたいでした。しかし、密室というのがそそったのか、僕にベタベタとくっついてきました。最終的にはねっとりとしたキスまでされました。


「……もう、兄さんってば」

「こういうシチュエーションは逃さねぇよ」


 そんな兄をやっぱり可愛いと思いました。ひねくれてて、暑苦しくて、そんな愛情でした。夕食はホテルのビュッフェを予約していました。


「もう、兄さん肉ばっかり取って」


 僕はこういうところでは、サラダから始めてバランスよく取る方です。僕の皿が彩り豊かなのに対し、兄の皿は茶色ばかりでした。兄は気にせず何回もステーキを取りに行きました。

 兄はデザートも全種類取って来たので呆れました。それからまた、まだいけるとステーキを食べるのです。


「デザートの後に食事に戻る人初めて見た」

「ブツブツうるせぇなぁ」


 僕はコーヒーを口に含みながら、のんびりとそんな兄の様子を見ていました。そして、プレゼントを取り出しました。


「はい、これ今年の」

「おっ、ありがとう。何だろう?」


 兄はその場で封を開けました。小さく青く光るピアスを、色んな方向から眺めていました。


「誕生石。トパーズだよ」

「へえ、瞬そういうのよく知ってるな」

「調べたんだよ」


 兄は早速つけようとしたのですか、長い間ピアスをしていなかったようで、手こずっていました。無理しなくてもいいと言ったのですが、兄はぷすりとねじこみました。


「これ、一生つけとく」

「ありがとう」


 僕はホテルの部屋も取っていました。二人で広いダブルベッドに飛び込みました。しばらく服は脱がずに、互いの身体を撫でながら、その日のことを振り返りました。


「俺、やっぱり年かー。もっと乗れると思ってた」

「健康にも気を付けてよね」


 殺したのは僕です。兄はもう少し軽い刑で済むはずです。なので、兄には長生きしてほしいと望んでいました。

 夜が更けていくにつれ、悲しい気持ちになってきました。兄の誕生日を二人で祝えるのはこれが最後。抑えていたものがあふれだしました。


「あーもう。泣くなって、瞬」


 兄は赤子をあやすかのように、トン、トン、と僕の背を叩きました。今日は笑顔のままでいようとしていました。でも、できなかった。


「……俺さ、離れ離れになっても、ずっと瞬のこと愛してる。瞬が死んだ後も想い続ける。瞬、言ってただろ。兄弟で、恋人で、共犯者だって」


 兄は僕の言葉を覚えていてくれました。それだけ印象的だったのでしょう。僕たちは、確かに強い絆で結ばれていました。


「それよりさぁ。今日は俺の誕生日だぞ。何でも言うこと聞いてくれるよなぁ……?」


 普段から聞いてるじゃない、なんて言おうとしましたが、唇を唇でふさがれました。兄の舌に追い込まれ、自分から服を脱ぎました。

 何度も何度も確かめ合いました。兄は僕の敏感なところばかり責め立てました。甘くて痛くて切ない夜でした。

 兄が先に寝てしまったので、髪を撫でながら、安らかなその顔に見とれていました。そして、耐えきれなくなって、また一人で泣きました。

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