41 子供

 兄はまた、体調を崩すようになりましたから、僕はできる限りのことをしました。兄の調子には波があり、まともに話せたなと思った次の日には、激しく殴られ、その後に落ち込まれることもありました。

 僕は繰り返し計画のことについて話しました。そのために生きようと。あれをやりきらなければ意味がないと。

 そして、兄と過ごせる時間が限りあるものだからと、僕は執拗に行為を求めました。


「なあ、瞬……本当に、するのか」


 兄が怖じ気づく時もありました。それは本当に恐ろしい計画でしたから。


「兄さんの誕生日の時がいいと思ったんだけど……延ばそうか?」

「そうだな。瞬の誕生日にしよう」


 仮に兄の決心が最後までつかなければ、僕一人でもやるつもりでした。自分自身を止めるためには、それしか方法がないと考えていましたから。

 僕たちはもう、遠いところまで来てしまいました。引き返すタイミングならあったのかもしれません。それを逃しました。

 いつか梓が言っていたことを思い出しました。周囲の人間が幸せなら、自分も幸せだという言葉です。

 僕は周囲の人々を不幸にしてきました。死体はまだ一人も見つかっていませんでしたが、あの五人の家族はどんな日々を送っているのでしょうか。

 また、兄には亡霊が見えはじめました。いくら脳の現象だとわかっていても、対話が止まらないらしく、僕の代わりに彼らの呪詛を聞いてくれていました。


「瞬。殺しちまったのはもう取り返しがつかない。せめて忘れないようにするんだぞ」


 僕は自分の部屋に戻って、記念品を眺める時間を増やしました。改めて、彼らとの思い出を振り返ろうと思ったのです。

 彼らは一緒にいて楽しい人たちでした。僕以外の人からも愛されていたはずです。それぞれに家族があり、大切に育まれていました。その命を僕が身勝手に奪ったのです。

 ごめんなさい。そう呟きました。こんな僕にも罪悪感はあったのです。人は僕のことを化け物だと思うのでしょうか。違います。僕は人間です。

 大学では、ゼミの仲間との飲み会で、将来について語り合いました。就職や進学が決まり、あとは卒論だけ、互いに励まし合って頑張ろう。そういう時期でした。

 僕はペラペラと嘘を並べました。懸命に働いて、両親に恩を返したいと。教授もそれを聞いていましたから、僕に温かく言ってくれました。


「福原くんは真面目だし、努力家だし、きっとこれからもやっていけるよ。自信を持って」

「はい、ありがとうございます」


 僕も父や兄と同じですね。社会に対してはいい顔ができていたようです。何も意識しなくてもそうできていましたから、もはや血の定めとでも言うのでしょうか。

 僕は裁かれるその日を覚悟しながら生きていました。世間に全ての罪を告白し、罰を受ける日を。

 もしかすると、誰かの死体が見つかって、それで捕まる方が早いのかもしれないとも考えました。五人も殺したのです。その可能性は十分にありました。

 僕は自分の死を恐れなくなっていました。人は誰しもいつか死ぬんです。その方法と時期が、自殺でもない限り自分では選べないだけ。

 自分に子供がいなくて本当に良かったと思いました。そういう意味では、ルリちゃんを殺して正解でした。自分が仮に父親になったとしたら、と考えるとぞっとするんです。

 僕が僕の遺伝子を残さなくても、日々人は生まれ、育っていきます。人間としての種は存続します。ならば、それでいいのです。

 ゼミの仲間、特に女の子は、子供が欲しいという願望を語る子もいました。僕は喜ばしいことだと思いました。

 子供が生まれること、それ自体はとても尊いことです。僕は不倫の果ての子供でしたが、それでも僕の生には尊厳がありました。

 そして、そんな将来のことを話した飲み会の後、ゼミの女の子にもう少し二人で話したいと誘われたのです。

 悪い予感がしました。僕はすっかり好青年で通っていましたからね。海斗とのこともほとぼりが冷めていました。

 女の子と二人で行ったショットバーで、僕は告白されました。少し考えたフリをしてから断りました。付き合ってはいないけど、好きな人はいる。そういうお決まりの嘘をついたのです。

 あの計画がなければ、その女の子を六人目にしていたことでしょう。彼女はせめて友達でいてほしい、と僕に頼んできました。

 うずきました。抑えました。女の子がつけていた大ぶりのピアスが、頷くたびに揺れていたのを覚えています。


「瞬くん、幸せになってね」


 女の子は最後にそう言いました。僕は何と返したのか忘れました。けれど、僕は彼女の幸せを祈っています。こんな僕のことを好きになってくれたのですからね。

 兄の部屋に帰り、女の子に告白されたことを話すと、そうか、とだけ言われました。

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