38 美しい日々
夏休みが終わりました。ゼミだけはしっかり出席して、教授室に通い、卒論の手ほどきをしてもらいました。やむを得ず図書館にこもることもありましたが、基本的には兄と一緒に過ごしていました。
ある日大学から帰ると、兄が電車を走らせていました。種類が増えていました。
「兄さん、外出たの?」
「ああ。久しぶりににな」
入浴も僕の助けが必要なくなり、食事も自発的に取ってくれるようになりました。スマホは僕が見ていましたが、怪しい形跡もなく、僕は安堵しました。
兄は僕を甘やかすようになりました。可愛い可愛いと頭を撫でられ、自慢の弟だと頬をすりつけられ。
ただ、兄がプリンを勝手に食べた時には僕は怒りました。開き直ってきたので、一緒に寝てやらず、ソファに行きました。そんな普通の兄弟のようなケンカも、僕にとっては美しい日々の一つでした。
近所を散歩するようにもなりました。ここに越してきてから、そこまで探検をしたことがなかったんです。
パンダの遊具がある大きな公園を見つけました。僕と兄は、周りの目も気にせずにブランコに乗り、滑り台を滑りました。
「瞬! かくれんぼしよう!」
そう誘われました。僕が鬼でした。大柄な兄です。いくらしゃがんだところで丸見えで、僕はすぐに見つけたのですが、しばらく知らないフリをしてやりました。
僕たちが、同じ家で育った兄弟だったら。兄も未遂をしたときにそういう夢を見ていましたね。きっと、沢山の思い出を作れていたはずなんです。
今からでも遅くはない。兄と作ろう。そう思うようになりました。
ハンバーグに兄の嫌いな野菜を刻んで混ぜて出したり。それがバレたり。風呂場でシャボン玉を作って遊んだり。二人しかいないのに大富豪をしたり。
思えばあの時が、一番安定していたのだと考えています。僕のうずきはなくなり、兄の症状は治まっていましたから。
旅行もしました。お金なら心配ありませんでしたから、露天風呂つきの客室に泊まりました。とても広い部屋で、通された途端、兄は動物園のクマのようにうろうろとうろつきました。
「あっ、お菓子置いてある」
兄は座ってせんべいをパリパリ食べ始めました。僕は湯を沸かしてお茶をいれてやりました。
「景色いいね、兄さん。川が見えるよ」
「本当だ。俺、川は好きだぞ」
僕は露天風呂を見に行きました。小さいけれど、立派な温泉でした。兄は早速脱ぎ始めました。
「もう入るの?」
「うん。瞬も脱げよ」
二人きりの空間。肌をぴったりと寄せ合いながら湯につかりました。少し温度が高く、あがりたくなりましたが、兄がこてんと肩に頭を乗せてきたので我慢しました。
「湯に入るとほぐれるなぁ」
兄は指を入れてきました。
「もう、まだ布団も敷かれてないよ?」
「ここでしよう」
僕は壁に手をつかされ、立ったまま兄のものを受け入れました。どうしても声が出てしまいました。
食事は大変でした。兄の食べられるものが少なすぎましたから。前菜は僕が引き取り、刺身や肉はほとんど兄に明け渡しました。お子さま用のセットでも頼んでおけばよかったと思いました。
ビールも進みました。遠慮せずにどんどん瓶の数を増やしました。兄はとろんとした目で僕を見てきました。
「あー、浴衣姿の瞬、やっぱり可愛い」
「兄さんこそ可愛いよ」
「俺はカッコいいだろうが」
「自分で言う? 年考えて」
部屋に戻って、ふかふかの布団に飛び込みました。しばらくは二人でゴロゴロと転がり、帯を解いて裸で抱き合いました。
「瞬、大好き」
「僕も兄さんが好き」
淫らな夜の幕開けでした。いつもと違う環境に興奮しました。何回やったのかもつわかりません。
疲れ果てて寝てしまい、朝風呂に入りました。鳥のさえずりが聞こえる気持ちのいい朝でした。
「瞬、俺、帰りたくない」
「うん、僕も。昔の小説家みたいに長居できるといいのにね」
観光地を回って、海鮮丼や浜焼きを食べました。帰りの新幹線の中では眠りました。危うく乗り過ごすところでした。
帰宅して、一気に現実に引き戻された僕たちは、夕食も用意するのが面倒だったので、カップ麺を食べました。
「なんか……夢みたいだったな」
「夢じゃないよ、兄さん。確かに僕たちはあそこに居たよ」
「やっぱり俺、父さんに会いたい。父さんとも旅行したかった」
本格的に、兄と父を引き合わせる算段をつける必要があると感じました。考え得る限りの方法で。
兄は僕に、父を重ねていたのかもしれません。兄は誰でもいいから愛されたかったわけではないのです。肉親に愛されたかった。それで僕を無理やりものにした。
兄は本当は、正しい愛情の伝え方を知っていた人でした。捨てられたくないがために、あんな行動に出ました。暴力を使い、精神的にもすり減らして。
僕は兄を理解していました。そして、兄もそうでした。旅行が終わった後、僕は兄に抱き締められながら、またうずいてしまいました。もうしないと決めていたのに。
兄には伝えませんでした。余計なことを言って心配させたくなかったのです。でも、それがいけませんでした。僕を止められるのは兄しかいなかったのに。
僕が通ったのは、絵理さんのバーでした。また、獲物を探し始めてしまったのです。
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