34 家族

 奈々とは色んな場所に遊びに行きました。それは全て、梓と行った場所でした。僕は奈々との思い出を作りながら、梓との思い出をなぞっていたのです。

 遊園地にももちろん行きました。奈々は初めてだということで、電車の中で色々と教えてあげて、彼女の希望を聞きました。

 奈々は恐いのが苦手だということで、僕もホッとしました。梓の時のように、ジェットコースターに乗らなくても済んだのです。

 奈々は乗り物より遊園地の雰囲気そのものを楽しんでいました。キャラクターの着ぐるみに会いに行き、ゆっくりと揺れる小さな子供向けのポッドではしゃいでいました。

 昼食もゆっくりととることができました。奈々は聞いてきました。


「瞬さんって、何て言うか、慣れてますよね。前の彼女とも来たんですか?」

「一年生のとき、友達と来たことがあってね」

「そうですか。本当かなぁ」


 この際バレてもどちらでも良かったです。奈々をエスコートすることができるのなら。カッコいい年上の彼氏を演じられるのなら。

 パレードも見ました。奈々はスマホを向け、大量に写真を撮っていました。パフォーマーの笑顔が眩しくて、僕まで浮き足立つような気持ちでした。


「瞬さん。最後にあれ乗りたいです。観覧車」


 梓の時と一緒でした。また高いところか、とは思いましたが、情けない姿を見せるわけにはいきません。涼しい顔をして乗り込みました。

 奈々はゆっくりと上がっていくゴンドラの中で、黙って窓の外を見つめていました。僕もそうしました。最初の時ほど恐くはないな、と感じました。


「瞬さん、どんどん乗り物が小さくなっていきますよ。ミニチュアみたい」


 僕は梓の言葉を思い出してしまいました。彼女はそっくりそのまま同じことを言っていたのです。

 確かに梓に似ていたから狙いました。中身は別人だと思っていました。けれど、このタイミングでその言葉。僕は青い顔でもしていたのだと思います。奈々がそっと聞いてきました。


「瞬さん……もしかして、高いところ苦手でした?」

「バレたか。ちょっと苦手。こっちにおいで、奈々」


 奈々を隣に座らせ、手を握りました。小さな手でした。


「ごめんなさい。わたしったら、そんなことも聞かずに……」

「いいんだよ。僕はただ、可愛い彼女のお願いを聞いてあげたいだけ」


 キスをするのはやめました。まだ早いと思ったのです。ゴンドラが下に着く前に、僕たちは手を離しました。

 奈々は家族への土産物を沢山買いました。両親には女友達と来たことにしていたようでした。僕もつられて、兄へお菓子を買いました。

 その後は、電車に乗って戻り、お寿司を食べに行きました。奈々は上品な仕草で口に運びました。

 門限ギリギリまで奈々は僕と一緒に過ごしたがりました。なので、いつもバイト終わりに行く喫茶店に行きました。


「瞬さんがタバコ吸ってるとこ、カッコいいです」

「そう?」


 奈々は手を組み合わせて僕の手元を見ました。


「実は、タバコ嫌いだったんですよ。でも、瞬さんが吸うから好きになりました。わたしも二十歳になったら吸おうかな……」

「やめといた方がいいよ。奈々は今のままでいい」


 ふと、僕は思い付きました。


「奈々……幸せって何だと思う?」

「幸せ、ですか? うーん。家族一緒に居られること、ですかね」


 奈々もいい家庭で大事に育てられていました。中学受験の時は勉強が厳しくて嫌だったけれど、その道に進ませてくれた両親のことは感謝しているし、頑張って良かったのだと語りました。


「奈々は僕と家族になりたい?」

「……もし、できるのなら」


 もちろんその時の僕は、奈々と未来を歩む気などありませんでした。でも、うたかたの夢は見せてあげたい。だから力強く言いました。


「僕も奈々と家族になりたい。いつかうちの実家においでよ。奈々の家にも行きたいな。猫、触りたい」

「ぜひ、ぜひ!」


 奈々を送った後、そのまま兄の部屋に行きました。土産物を渡すと、兄は仏頂面をしました。


「女と楽しんできた記念なんて要らないんだけど」

「まあまあ。食べたら残らないから。お酒のアテにでもしようよ」


 買ってきたのはチョコレートでした。僕たちはウイスキーを飲みました。僕は奈々と過ごした一日のことを余さず話しました。


「家族になりたい、なんて軽く言っちゃった」

「瞬、いい加減にしとけよ。最近お前調子乗ってるから」

「えへへ」

「俺の家族は瞬、お前だけだ。そのことちゃんとわかってるんだろうな?」


 兄は祖母を亡くしましたし、信頼できる肉親というのはもう僕だけでした。


「わかってるって。僕は兄さんの弟。そのことは永遠に変わらない。血が繋がってて良かったなって思うよ」

「まあ……まだ、憎い気持ちはあるんだけどな。俺は一生、両方の想いを抱えて生きていくんだろうな」


 兄は僕に縛られていました。僕なしでは生きていけないでしょう。愛情も、憎悪も、同時にぶつけることのできる相手。それは、呪われた生を持つ弟ただ一人だけでした。

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