33 手紙
僕は奈々ちゃんをデートに誘いました。映画館です。彼女は意外とアクション映画が好きらしく、有名な監督の三作目を観たいと言い出しました。僕は慌てて予習をしました。
前の二作を観ておいてよかったです。単体でも話はわかるのですが、前作から続いていた伏線が回収されたり、同じテーマ曲がかかったりと、熱い展開でした。
奈々ちゃんは興奮気味に感想を語りました。普段は物静かですが、好きなことになるとお喋りになる女の子のようでした。
僕は優しいお兄さんでしたから。パスタ屋で、ニコニコと彼女の話を聞いていました。
「いけない。わたしったら……」
「そんな奈々ちゃんが可愛いよ」
そう言っただけで、奈々ちゃんは頬を染めてしまいました。彼女は僕の射程内に入っていました。そして、こんなことを聞かれました。
「瞬さんって、今は彼女、いない……ですよね?」
「うん、いないよ。一年生の時はいたけど、すぐ別れちゃった」
「好きな人とかは……?」
「ふふっ、秘密。お兄さんには秘密が多い方がいいでしょう?」
僕はあえて、じっと待ちました。奈々ちゃんの方から来るのを。梓もきっと、こんな気持ちだったと考えながら。年下をからかうというのは楽しいものですね。
バイト終わりの喫茶店にだけは僕から誘い、チラチラと隙を見せました。一人身が寂しいということをアピールしました。
誕生日も伝えていましたから、奈々ちゃんは花束をくれました。まだ付き合っていない男性に対するプレゼントとして、懸命に考えた結果だったんでしょう。
僕は花には疎いですから、それぞれ何の花なのか名前はわかりませんでしたが、白いものが多かったです。そういえば、海斗に貰った万年筆も白でした。
誕生日の夜は、兄と絵理さんのバーへ行きました。ただのバイトの同僚だということにしておいて、坂口さんと兄を呼びました。絵理さんは言いました。
「二人、雰囲気似てるね」
僕は驚きました。
「えっ、そうですか?」
「うん。顔は似てないけどね。兄弟みたい」
僕は軽はずみに兄を連れてきてしまったことを後悔しました。絵理さんは夜の女性です。何もかも見透かしていてもおかしくありません。しかし、兄は言いました。
「確かに瞬くんは弟みたいな存在ですよ。なっ、瞬くん?」
「はい、坂口さん」
兄は調子よく四杯ほど飲み、帰りました。そして、兄の部屋でネックレスを渡されました。
「瞬が俺に首輪かけたろ。俺もしたいと思ってな」
お互いに、首輪代わりのネックレスをつけたまま、交わりました。僕は沢山おねだりをさせられました。どこをどうしてほしいのか、いちいち言わないと兄は動いてくれなかったのです。
口に出すことは嬉しくも恥ずかしくもありましたから。果てることを許された時、解放感がありました。
終わってタバコを吸いながら、奈々ちゃんのことを話しました。
「あの子、瞬にベタ惚れだな。我が弟ながらよくやるよ」
「僕って顔もいいし優しいからね」
自分の魅力については、しっかりと理解していました。兄が気付かせてくれたんです。それをどう利用しようが僕の勝手です。
四月がきて、僕は四年生になりました。就活や卒論を進めながら、獲物が罠にかかるのを今か今かと待ち構えていました。
それは、五月の連休中のことでした。奈々ちゃんの方から、動物園に誘われました。さぞかしドキドキしていたでしょうね。
キリンやゾウを見て、奈々ちゃんが作ってきてくれていたお弁当を食べました。おにぎりに、卵焼き、唐揚げにタコさんウインナー。どれも美味しかったです。
奈々ちゃんが一番喜んで見ていたのはライオンでしたね。
「見てください、あくびしましたよ! やっぱりネコ科ですね。うちの猫と同じ顔してます」
「そうだね、大きくてたてがみの生えた猫だ」
回り終わった後、喫茶店に入り、ケーキを食べ終わってタバコに火をつけると、奈々ちゃんは手紙を渡してきました。
「これ……帰ってから読んでください」
奈々ちゃんは僕と目を合わせることができないのか、うつむいていました。
「ありがとう。ちゃんとお返事するね」
僕は兄と一緒にそれを読みました。僕のおかげでバイトが楽しくなったことや、僕と過ごすのが落ち着くということ、最後に付き合ってほしいということが書かれていました。僕と兄は顔を見合わせて笑いました。
「で? 返事どうするんだ?」
「手紙書くよ。万年筆もあるし」
女の子に手紙を書くなんて初めてでした。僕は下心を隠し、真剣に付き合いたいことをしたためました。そして、バイト終わりの喫茶店でそれを渡し、その場で読ませました。
「嬉しい……瞬さん……」
「もう奈々は僕の彼女だから。沢山遊びに行こうね。思い出作ろう」
奈々とは早速デートの予定を立て始めました。うずきが強くなりました。だけどまだ、もう少し待ってから。
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