32 片田奈々

 奈々ちゃんは、女子大に通っていました。中等部からエスカレーター式に進学した、生粋のお嬢様でした。持ち物もブランド品で、なぜファミレスでバイトを始めたのか聞くと、社会経験を積みたいからだということでした。

 本当に奈々ちゃんは梓に似ていました。身長も低く、目はぱっちりとしていて、黒髪をポニーテールにしていました。

 ただ、性格は違いました。どちらかというと控えめな方で、接客もなかなか慣れず、苦労しているようでした。

 僕は奈々ちゃんに、頼れるお兄さんとして近付きました。バイト終わりに喫茶店に行き、話しました。


「瞬さんって……タバコ吸うんですね。意外です」

「ごめん、苦手だった?」

「いえ、大丈夫です」


 奈々ちゃんは、いかにも男性と話すことが慣れていなさそうだったので、主に僕が話しました。最近は読んでいないけど、本が好きだということ。ハマった映画のこと。動物が好きだということ。

 少しずつ、奈々ちゃんも喋ってくれるようになりました。実家では猫を飼っているそうで、写真を見せてもらいました。


「いいなぁ。僕の実家、ペット禁止だったから」

「ふふっ。わたし、生まれた時からずっと猫と一緒だったんです」


 話が盛り上がってきたところで、僕は恋愛の話をふりました。


「奈々ちゃんは彼氏いるの?」

「いいえ。いたことないです。出会いもなかったですし」


 処女なのは間違いなさそうでした。僕の欲望がむくむくと顔を出しました。


「困ったことがあったら、お兄さんにいつでも言ってよ。僕は奈々ちゃんの味方になるから」

「ありがとうございます」


 そして、クリスマスイブの日。兄と奈々ちゃんと三人でシフトに入っていました。終わって、帰ろうという時、兄がこんなことを言いました。


「今から俺のうち、くる? コンビニ行けばケーキまだ残ってるだろ。打ち上げしよう」


 奈々ちゃんは喜んでコンビニでケーキを選んでいました。兄も表の顔しか出していませんでしたからね。僕たちは信用されていたのでしょう。


「うわぁっ、坂口さんの部屋、広いんですね」


 奈々ちゃんがはしゃぎました。


「物が少ないから、そう見えるだけだと思うよ。さっ、ケーキ食べようか」


 ダイニングテーブルに折り畳み椅子をつけて、そこに兄が座り、三人でケーキを食べました。僕と兄はお酒を飲みました。奈々ちゃんが言いました。


「わたしも早くお酒飲めるようになりたいです」


 兄が笑顔で言いました。


「奈々ちゃんが二十歳になったら、お祝いしてあげる。旨い酒飲ませてやるよ」


 奈々ちゃんは、門限があったようなので、ケーキを食べてすぐに解散しました。僕が彼女を駅まで送り、また兄の部屋に戻りました。


「瞬、次はあの子か?」


 奈々ちゃんに見せていたのとまるで違う、歪んだ表情で笑いながら、兄は聞いてきました。


「うん。そのつもり」

「そうだと思ったよ。似てるもんな」

「やってもいいよね?」

「俺は瞬の気が収まるのなら、他の人間なんてどうでもいいんだ。どこまでも堕ちよう、瞬」


 何よりも嬉しい言葉でした。僕は一人ではないのです。もう、三人殺した。あと何人増えても同じことでした。

 年末は実家に帰りました。父と二人で日本酒を飲み、お決まりの質問をされました。


「瞬、いい人いないのか?」

「またそれ? いないって」

「隠してるだけか? 父さんには教えろよ」

「だから、本当にいないってば」


 初詣にももちろん行きました。手を合わせて、おみくじをひいて、りんご飴を食べて。もはや恒例の流れとなりました。

 冬休みが終わる前に、父と二人で絵理さんのバーに行きました。既に青木さんが座っていました。


「おう、賢治と瞬くん。明けましておめでとう」


 僕がここのバーの常連になったことを、二人とも知っていましたから、あれこれと聞かれました。


「ここで出会いがあったりしてな?」


 そう父が言いました。実際、一度お持ち帰りされているんですけどね。青木さんもちょっかいをかけてきました。


「親子揃って美形だからなぁ。瞬くんには年上が合いそうだ。チャンスがあれば掴めよ」

「もう、僕にそんな勇気はないですってば」


 そう笑ってかわして、やり過ごしていました。

 その頃の僕は、どうやって奈々ちゃんを手に入れようか、そのことばかり考えていました。

 シフトの希望表を盗み見て、なるべく奈々ちゃんと同じ時間帯に入るようにしました。いつも彼女の目に入る位置にいて、何かあればすぐに駆けつけました。

 そんなことをしていたら、二月のバレンタインデーの日に、手作りのチョコレートを渡されました。兄には市販の物だったので、差をつけられていたことは確実でした。それをきっかけに、アクセルを踏みました。

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