30 安息

 その日の朝、パンを与えた後、僕は海斗の手錠と足かせを外しました。そして、自由になった身体で、海斗の好きにさせました。


「瞬くん、愛してる。瞬くん……」


 海斗はうっとりとしていて、僕のことしか頭にない様子でした。終わって、僕はこう言いました。


「ルリちゃんのことなんだけどさ」

「どうしたの、急に」

「妊娠してたんだよ。三人でした日、あったでしょ。だから、どっちの子供かわからないって泣いてた」


 本当に海斗は知らなかったようです。唇を震わせました。ついに僕は真実を告げました。


「だから、僕が終わらせてあげた。悩まなくても済むようにってね」

「どういうこと?」

「僕が殺したんだ。首を絞めてね。証拠も見せようか?」


 僕はルリちゃんの金色の髪を取り出しました。海斗はおずおずとそれに触れました。それから、ぎこちない笑顔を作って言いました。


「そんな……瞬くん、悪い冗談でしょ?」

「本当だよ。ルリちゃんの前に、バイトの先輩も殺してる。君は三人目になるんだよ、海斗」


 海斗は僕にすがりついてきました。


「愛してる。愛してる、瞬くん。言うこと聞くから。誰にも言わないから。助けて瞬くん」

「もう、一年前から決めてた。うずいて仕方なかったよ。僕に安息をちょうだい、海斗」


 僕は海斗に馬乗りになりました。体重をかけて、一気に絞めました。さすがに男相手です。時間がかかりました。僕の手の甲に海斗の爪が刺さり、えぐれました。


「……ふふっ」


 くたりとベッドに沈んだ海斗の身体に覆い被さり、僕は満ち足りた気持ちになりました。海斗も僕のものになったのです。一年間待った甲斐がありました。

 海斗の髪も切ったのですが、梓のものとわからなくなるといけないと思ったので、袋に名前を書いておくことにしました。そして、兄を呼びました。


「おー、今回はけっこうかかったな」


 三回目ともなると、兄も慣れたものです。運び出すのは、夜中になってからにすることにしました。海斗の死体をベッドに置いたまま、兄と食事をしました。


「ふぅ。これでしばらくはしなくていいや」

「どうせまたやるんだろ」

「かもしれない。その時もよろしくね、兄さん」


 久しぶりに僕は兄に甘えました。監禁する方も疲れるんですよ。男を運ぶのはやっぱりしんどいな、と兄は文句を言い、二人で海斗を埋めました。ペアリングはどうするか迷いましたが、つけさせたままにすることにしました。

 今回は少し遠めの山まできていたので、ラブホテルに泊まることにしました。古いところで、お湯が出ないと聞かされていたのですが、もう他を探すのが面倒だったので入りました。


「冷たっ!」


 僕と兄は叫びながら、水で汗を流しました。ブルブル震えながら身体を拭き、ベッドに寝転んで抱き合いました。兄は言いました。


「寂しかったんだぞー。毎日瞬のこと考えてた」

「ごめんって。僕、ちゃんと帰ってきたでしょう?」

「当たり前だ。瞬は俺じゃないと満足できない身体なんだから」


 そうです。いくら海斗をしつけたところで、一番求めていたのは兄でした。身体がガタガタになるまで交わって、兄の腕の中で安らかな眠りにつきました。

 海斗とは、夏休みが始まった頃から連絡が取れなくなったことにしました。登校してこない彼を皆が心配し、僕のことも気遣ってくれました。僕はしばらく落ち込んだフリをしなければなりませんでした。

 けれど、人はいずれ忘れるだろうと思っていました。梓の時もルリちゃんの時もそうでしたから。実際にそうなりました。僕はペアリングを外して、海斗の髪と一緒に袋に入れました。

 そして、秋頃、兄の祖母が亡くなりました。兄が喪主をつとめ、葬儀は盛大に行われたそうです。生前に言われていた通り、兄に全ての財産を相続させるという遺言状がありました。なので、兄はしばらく忙しくしていました。


「不動産を管理することになった。ばあさんの家も売らないといけないから、しばらくはあっちとの往復だよ。我慢できるな? 瞬」

「うん。ちゃんと待ってる」


 海斗のおかげで落ち着くことができていましたから、一人の夜も大丈夫だと思っていました。しかし、兄が田舎に泊まるようなことも増え、次第に寂しくなっていきました。

 足を向けたのは、絵理さんのバーでした。彼女はまるで第二の実家のように僕を待っていてくれました。

 父が常連でしたから、その息子が通いだしたということで、沢山の人に可愛がられました。

 お酒の種類も覚えました。アルコールに強い体質なのが幸いして、色々と試すことができました。でも、最後は父と同じように、ジンライムを頼むのが癖になりました。

 ショットバーは、世界が広がる場所でした。年齢も性別も職業も関係なく、お酒だけで繋がる場所。僕は様々な人たちの話に耳を傾け、孤独を紛らせていました。

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