27 準備

 兄の髪はすっかり伸びていました。前髪が目にかかるようになったので、さすがに整えたようですが、襟足を長くし始めたのです。そんな兄もカッコいいと思いました。

 そして、兄は梓とルリちゃんの亡霊を見なくなりました。一体あの時期は何だったんだろうな、と自分で笑っていました。服薬は継続していました。その成果が出たのでしょう。

 創作物を楽しめる余裕の出てきた兄は、ドラマを観ることにしたようです。僕も一緒に古いサスペンスを観ました。靴下に石鹸を入れた物で殴られる女の子が出てきました。


「次、瞬が生意気なことしたら、同じことしてやろうか」

「兄さんの部屋、石鹸ないでしょ」


 そんな物騒な会話をしました。

 鞭で打たれることも増え、その強さは増していきました。僕の身体もさすがに悲鳴をあげました。


「やめて……伊織!」


 兄の名前を呼ぶこと。それがギブアップの合図でした。


「ごめんな、ごめんな瞬。やりすぎたな」

「ごめん、兄さん……無理だった……」


 僕の身体を優しくさすり、キスをして、いたわってくれる。こんなご褒美があるから、僕は鞭も悪くはないと思っていました。

 季節はどんどん夏に向かっていきました。僕はそれを待ちわびていました。海斗と過ごす時も、つい首に目がいきました。

 講義の合間は必ず海斗と過ごしました。校内のカフェ。そのカウンター席が僕と海斗の定位置でした。

 海斗は甘いものが好きでした。コーヒーは飲めませんでした。なので、砂糖をたっぷり入れたカフェラテや、アイスクリームを好んで注文していました。

 七月に海斗の誕生日がありました。僕の部屋に呼び、手作りのケーキをふるまいました。たっぷりとフルーツが乗ったやつです。このために、スポンジを焼くのを何回も練習しました。


「どうしよう。オレ、めちゃくちゃ幸せ」

「まだあるよ。はい、これ」


 僕はキーケースをプレゼントしました。海斗は僕に寄りかかって言いました。


「卒業したら、一緒に住みたいな……」

「うん。ずっと二人で暮らそうね」


 僕の嘘が得意なのは父譲りなのでしょうか。守るつもりのない約束を軽い気持ちで口に出せました。

 お酒を飲んで、僕は海斗にキスをしました。服の中に手を入れると、やはり抵抗されました。


「瞬くん、それは……ダメだって……」

「口でするのは?」

「それくらいなら……」


 僕は海斗にしゃぶりつきました。ルリちゃんと三人でした時以来でした。僕はたっぷりと焦らして口の中に出させました。


「次……海斗だよ……」


 初めて男のものをくわえる海斗はとても可愛くて、つい苦しめたくなりましたが、必死に我慢しました。拙い舌の動きをからかい、巧くできれば褒め、頭を撫でました。飲ませるのは嫌がられたのでやめました。


「ごめんね瞬くん。それ以上は、やっぱり勇気が出ない」

「うん。わかった」


 そして、海斗は恐る恐る聞いてきました。


「瞬くんは、男の人としたこと、あるってことだよね……?」

「うん。痛かったけど、それも最初だけ。じきに気持ちよくなるよ。海斗にもわかってほしいんだけどな」


 そして、自分で指を入れ、どれだけ飲み込んでしまうのか海斗に見せました。この一息で押せるかな、と思ったのですが、かえって恐がらせてしまったみたいでした。

 海斗が眠った後、僕は彼の長い髪を指でほぐしました。梓を思い出しました。彼女の髪も綺麗でしたから。

 タバコを吸いながら、すっかり変わってしまった自分自身について考えました。委員長の女の子に淡い恋をしていたあの頃の僕が遠く思えました。

 これが大人になったということなのでしょうか。僕にはわかりませんでした。浮かんだのは、大学生のうちにやり切ろうということでした。

 海斗で発散できず、もて余した性欲を、僕は兄にぶつけました。もっと僕を辱しめて欲しい。そうお願いすると、兄は僕の陰毛を剃ってくれました。


「丸見えだよ、瞬。恥ずかしいなぁ。子供みたいだ」

「ツルツルになっちゃったね……」

「生えたらまた剃ってやる。俺が管理してやるよ」


 数日経つと、チクチクして気持ち悪くて、バイト中も兄のことを想ってしまいました。

 大学のテストが終わり、夏休みが来ました。待ち望んでいた季節が来たのです。僕は兄に言いました。


「兄さん、しばらくはこっち来れないや。やることあるから」

「……やっと、やるのか?」

「うん。道具も揃えたんだ。最後はまた手伝ってね。連絡する」


 本当に僕のことを思うなら、止めるのが筋だと言われるのかもしれませんね。しかし、兄はそうではありませんでした。僕の欲望を正しく理解し、自由にさせてくれました。

 うずきが最高潮になりました。海斗も殺すと決めてから一年。長い下準備がようやく実を結ぶのです。

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