26 嘘

 僕は三年生になりました。ゼミが始まり、海斗と一緒の時間も増えました。僕たちの仲はすっかり周囲に知れ渡っていました。ゼミの担当教授にもです。そういう時代だから、と理解を示してくれました。

 バイトでは新入生も入り、自分が入った当時のことを思い返しました。兄と梓に出会ったあの春。まさかこんなことになるだなんて。

 梓の存在を、誰もが忘れていました。なので、僕は髪を撫で、僕だけは時々思い出してあげるからと彼女を慰めました。

 五月の連休は、父の仕事が忙しく、旅行はできなかったのですが、またあのショットバーに誘われました。


「あら、また二人で来てくれたの。ありがとう」


 絵理さんは温かく僕たち父子を迎えてくれました。父がビールを頼んだので、僕もそうしました。


「瞬もいよいよ三年生だな」

「うん。友達、増えたよ。ゼミのみんなで飲み会したんだ」


 僕は主に大学の出来事を話しました。海斗のことは伏せて。グループワークが始まり、より本格的になってきたのだと説明しました。

 父も大学を出た人でしたから、色々と思い出すことがあったようです。とうとう、白状してくれました。


「同じ大学の同級生が、一回目の奥さんだったんだ。卒業してすぐに結婚した」

「そうだったんだ。今はその人と連絡取ってないの?」

「ああ。もう関わってないよ」

「どうして離婚したの?」

「父さんの仕事が忙しすぎてな。すれ違いだ」


 相変わらず嘘が上手な人でした。それとも、自分でもそちらが本当なのだと思い込んでいたのかもしれません。兄の方が違うことを言っているとは考えませんでした。

 父はウイスキーのロックを注文しました。グレンモーレンジィです。僕は最初からロックだとキツいかもしれないから、とソーダ割にしてもらいました。


「うわっ、ガツンとくるね」

「それが癖になるだろう?」


 そんな僕たちの様子を見て、絵理さんが微笑みました。


「瞬くんも、いつでもここに来ていいからね。一人でも、彼女連れでも」

「だから、僕に彼女はいませんってば」


 そんな話をしていると、青木さんがやってきました。


「また会ったね、賢治の息子さん」

「瞬です」


 前と同じように、僕は彼らに挟まれました。青木さんが言いました。


「上の子、大学受験だよ。子供の成長は速いな。なぁ、賢治」

「そうだな。瞬もいつの間にかこんなに大きくなっちまった。生まれた時はちっちゃかったのになぁ」


 二人は育児の話で盛り上がり始めました。青木さんは僕を褒めてくれました。


「瞬くんは立派だよ。いい大学行って、勉強もちゃんとして。それにお父さんに付き合ってあげるなんて」

「僕がそうしたいだけです。父さんとお酒飲むの、楽しいですから」


 僕は心底そう思っていました。いくら僕のことを欺いていても、福原賢治という人は僕の父です。嫌いになどなれませんでした。

 父がウイスキーグラスを持つ手付きも、タバコを操る長い指も、成熟した男性の魅力がありました。

 それに引き換え、青木さんはそれなりにくたびれた人でした。肌にはシミがあり、お腹もぽっちゃりと出ていて、まさにオジサンという風体でした。

 けれど、青木さんの話は楽しいものばかりでした。娘さんたちと洗濯物を分けられているという自虐から、大学時代は馬術をやっていたという意外な過去まで。

 僕は青木さんに興味を持ちました。今まで、五十代くらいの男性といえば、父しか知りませんでしたから。

 父が聞いてきました。


「瞬、三杯目いくか?」

「じゃあ、あれ飲みたい。父さんがいつも締めに頼むっていう」

「ジンライムな」


 絵理さんは鮮やかな手付きでカクテルを作ってくれました。名前の通り、グラスのふちにライムが飾られていました。


「これ、美味しいね、父さん」

「だろ? これをシェイクするとギムレットっていう別のカクテルになるんだ」


 それを飲み終わって、父とは解散しました。兄の部屋に行くと、彼は一人でお酒を飲んでいました。父と会うことは告げていました。


「僕ももう一杯付き合うよ」


 冷蔵庫から缶ビールを取り出しました。


「父さん、どうだった」

「嘘つくの上手いね。離婚の原因、仕事が忙しくてすれ違いだって言ってた」

「ははっ……そんなわけあるか。不倫が母さんにバレてそれでも開き直りやがったんだ。二人のケンカを毎晩ブルブル震えながら聞いてたよ」


 兄は僕に乱暴なキスをしました。


「まあいい。俺は瞬を手に入れた。可愛い二人目の息子が一人目の息子の手にかかってるって知ったらどうなるだろうなぁ?」


 そして、僕はほとんどビールを飲んでいなかったというのに、寝室に連れ込まれました。ベッドに突き飛ばされ、服を剥がされ。兄のものを口に突っ込まれ、喉の奥まで突かれました。


「苦しそうな顔してる瞬って可愛いなぁ……父さんにも見せてやりたいよ……」


 そのまま出され、飲まされました。まだ精液の残る口内を、指でぐちゃぐちゃにかき回されました。


「酷い顔。瞬はいやらしいな。こんなことされても、もっとしてほしいって思ってるんだろう? どうなんだ?」

「もっとして……もっとして、兄さん」


 その晩も、たっぷりといたぶってもらいました。僕は何をしてほしいのか、しっかりと言葉で伝え、兄を満足させました。

 

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