20 忘れる
夏休みになりました。僕はバイトに精を出しました。毎日兄のベッドで眠り、たまに大学の友人たちと遊びに行く。そんな日々でした。
海斗は僕に漏らしました。ルリちゃんが会ってくれなくなったと。彼女の家まで押し掛けたみたいですね。彼は目に見えて憔悴していました。
兄もそろそろ誤魔化しきれないと思ったのか、夏休みの終わり頃、連絡を打ちきりました。海斗はルリちゃんに会いたいと僕に泣きつきました。ぞわり、と何かが顔を出しました。
そう。次の標的は海斗でした。でも、簡単には殺したくない。ルリちゃんのことを忘れさせるのがまずスタートでした。
「ねえ、海斗。気晴らしにさ、二人でどこか行こうよ」
僕たちは海に行きました。海斗は名前の通り、海が好きな両親に育てられたようですね。今も実家で暮らしており、彼を殺せば失踪がすぐバレることがわかりました。
海斗は泳ぎが上手く、あっという間に立ち入り禁止のロープまでたどり着いてしまいました。僕はそこまで行けずに諦めました。
パラソルの下でかき氷を食べていると、二人連れの女性たちに話しかけられました。それで彼女たちと一緒にビーチボールで遊びました。
彼女たちは社会人でした。年上のお姉さんたちです。居酒屋に連れていってくれて、たっぷりと飲みました。
僕と海斗はそれぞれ別の女性に気に入られたようでした。ラブホテルに行き、僕は茶髪のお姉さんの方と一緒に部屋に入りました。
向こうから誘ってきただけあります。お姉さんは積極的でした。ルリちゃんのおかげで女性の身体も知り尽くしていましたから、しっかりと感じさせてあげることができました。
隣の部屋では海斗もしているはず。そう思うと興奮しました。彼は二人に誘われた時、抵抗する様子を見せたのですが、結局流されたんですよね。
僕はお姉さんにあるお願いをしました。
「首、絞めさせてもらってもいいですか……」
もう、二人殺しています。加減ならわかっていました。ここでやってしまっては後始末が面倒ですし、何より出会ったばかりの相手です。くれぐれも失神させない程度にとどめました。
お姉さんは僕のことを気に入ってくれましたが、その一回だけで終えました。彼女に構う暇はないと思ったんです。
翌朝、海斗と二人でモーニングに行き、感想を聞きました。彼は言いました。
「ルリちゃんじゃなくても、気持ちいい、ってわかっちゃった……」
「良かったね。ルリちゃんのことはもう忘れよう。僕だってそうする」
「忘れたくなんて、ないよ……」
海斗が完全には立ち直っていないとわかったので、僕はゆっくりと彼の日常に入り込みました。頻繁に部屋に呼び、食事を作りました。
夏休みが終わり、授業が始まってからは、消えたルリちゃんについて様々な噂が流れました。僕が言ったわけでもないのに、退学したということにもなってしまいました。
人って薄情なものですね。一ヶ月も経てば、誰もルリちゃんのことを口にしなくなりました。引きずっていたのは海斗だけでした。
そして、十月の中旬のことです。僕は兄に車に乗せられ、彼の田舎へと連れていかれました。まずは墓参りからでした。
僕は、兄の母に手を合わせました。僕の存在があなたたち一家を壊した。だからせめて、兄のことを幸せにします。そう想いを込めました。
それから、古い大きな平屋に行きました。腰が曲がって背の低い、兄の祖母が出迎えてくれました。
「あんたが瞬かい。まあ、伊織から話は聞いてるよ」
兄の祖母は、兄が大好きだというハンバーグを作ってくれていました。とても甘くて肉汁がたっぷりで、気になった僕は、レシピを教えてもらいました。
兄の部屋にも行きました。そこは、壁にいくつも穴があいており、障子はビリビリに破かれていました。
「酷い部屋だね、兄さん」
「高校の時のまんまなんだよ」
僕はアルバムを見せられました。生まれたばかりの兄の顔は、目がぱっちりとしていて、今とはまるで別人でした。かなり若い父の姿も写っていました。
「……やっぱり父さんってカッコいいよね、兄さん」
「そうだな。自慢の父親だった」
兄の写真は、僕に比べれば少なかったです。フィルムの時代だったから、ということもあるでしょう。僕はまた、いつかと同じ質問をしました。
「兄さん、父さんに会いたい?」
「会いたい、かもな。なんであんな約束をしたのに、誕生日を祝ってくれなかったのか、問い詰めたい」
その日は布団を敷いて、兄の部屋に泊まりました。兄の祖母がすぐ側の部屋にいるというのに、僕たちは交わりました。
そのことは、バレてはいたのでしょう。僕も声を殺しきれませんでしたから。しかし、兄の祖母は、何も言わずに僕たちのことを見送ってくれました。
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