19 味方

 大学のテスト期間が終わる頃でした。僕は文学部でしたから、レポートの方が多かったんですけどね。文章を書くのは得意でしたから、そんなに苦労することはなかったです。

 ルリちゃんから、僕の部屋に行きたいと連絡がきました。久しぶりに楽しめるな、と思い、彼女を招き入れました。

 いつものようにお酒をすすめましたが、ルリちゃんは首を横にふりました。そして、こんなことを打ち明けてきたのです。


「うち……妊娠した。どうしよう。どっちの子かわからへん」


 既に産婦人科に行っていて、確定していたとのことでした。そして、三人でしたあの日にできたことは間違いないということでした。


「子供は欲しかった。だからそれは嬉しいんよ。でも、まだ卒業してないし、父親わからへんし、うち、どうしたらええんやろ……」

「このこと誰かに言った?」

「ううん、瞬くんだけ」


 僕はルリちゃんを抱き締めました。彼女は僕の胸で泣きました。もしかしたら父親は僕なのかもしれない。そう思うと不思議な気持ちになりました。

 でも、僕は子供なんていらない。作るなら、兄との子供がいいなんて考えていましたから。ルリちゃんが出産するなんて、耐えられなかったのです。


「堕ろした方がいいよ」

「でも、うち、踏ん切りつかへん。せっかく来てくれたんやで? 殺すなんてできひん」


 僕を授かった時の母も、こんな気持ちだったのでしょうか。父が既婚者だったことを知っていたのか、それは確認しなかったんですけどね。

 とにかく僕はルリちゃんの話を聞きました。母親となってしまった彼女。その不安や葛藤、その全てを吐き出させました。しかし、答えは出なかったようです。


「なあ、瞬くん。今日は泊まってもええ?」

「うん、いいよ」


 僕はルリちゃんにオムライスを作りました。梓にふるまった以来でしたが、上手く作れることができました。食事をしている間は、ルリちゃんの表情は明るく、落ち着いたように見えました。

 食事を終えた後、僕はルリちゃんにキスをしました。まだ、産むかもしれないと考えていた彼女です。行為をすることにためらいはあったようなのですが、僕は構わず彼女の服を脱がせました。

 身体の隅々まで丁寧に触れ、女性としての悦びを味わわせました。結局、ルリちゃんも僕に堕ちた人間の一人でした。終わった後、彼女の金髪を撫でながら、僕は優しく言いました。


「僕が何とかしてあげる。ルリちゃんが悩んだり苦しんだりしなくて済むように。だから僕に任せて。今日は眠ろう」

「うん……ありがとう、ありがとうなぁ、瞬くん」


 ルリちゃんが眠り、僕はタバコを吸いました。もうすっかり熟睡した頃を狙って、僕は彼女に馬乗りになり、首を絞めました。

 苦しみはなかったはずです。そう約束しましたしね。呼吸が途絶えたことを確認して、僕は最後のキスをしました。

 うずきが止まりました。そう。これだったんです。ルリちゃんも僕のものになりました。


「あはっ、あはは……」


 笑いが止まりませんでした。僕はずっとこの時を待っていた。ルリちゃんの妊娠は都合のいい言い訳でした。僕は、彼女も胎児も同時に殺したのです。


「兄さん。また、やっちゃった」


 兄に連絡をしました。彼は車を手配してすぐに来てくれるとのことでした。その間に、僕はルリちゃんの髪を切りました。梓と違って金色でしたから、わかりやすくていいと思いながら。

 梓を埋めたのとはまた別の山に行きました。僕は兄に吐露しました。


「兄さん。たまらなかったんだよ。人の命を奪う、その瞬間が。ねえ、兄さん」

「可哀想に……可哀想になぁ、瞬。俺だけは味方でいてやるからな。今回も上手くやろう。大丈夫だぞ、瞬」


 ルリちゃんも、土の中に収まりました。夏でしたから、汗だくになりました。僕は兄の部屋に行ってシャワーを浴び、ねだりました。


「抱いて、兄さん。抱いて……」

「仕方ないなぁ。ほら、こっちこい」


 僕たちの絆は、また深くなりました。兄は僕の行動を肯定も否定もせず、ただありのまま受け止めてくれました。僕は認めたのです。殺人をすることで安息を得られるということを。

 兄に抱かれながら、ずしりと重くなっていったルリちゃんのことを思いました。彼女の悩みはこれでなくなりました。僕が終わらせてあげたのです。

 終わってから兄と二人でタバコを吸っていると、ルリちゃんのスマホが振動しました。ロックはもう解除してありました。海斗からの連絡でした。


「俺が適当にしとくよ。しばらくは生きてることにしておいた方がいいだろう。あの女、一人暮らしか?」

「うん。地元は関西だって。よろしくね、兄さん」


 そして、ルリちゃんとの関係を白状させられました。彼女としていたことに腹をたてたのでしょうね。一発殴られました。

 僕のうずきは鳴りを潜め、しばらくは大人しくしてくれていました。けれど、完全に消えてはくれなかったのは、記者さんもご存知の通りですよね。

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