17 家族旅行
五月の連休中、僕は両親と温泉旅行をすることになりました。僕から誘ったんです。家族旅行なら僕が幼い頃はしょっちゅうしていました。今回は、全員がまだ行ったことのなかった温泉地に行きました。
新幹線で現地まで行って、そこからはレンタカーでした。父が運転しました。いつもなら、助手席には母が座るのですが、もっと話がしたいからと僕が代わってもらいました。
車内で僕は、父の鮮やかなハンドルさばきを見ながら、大学の話をしました。友人にも恵まれ、毎日楽しくやっていると。
そういう話こそ、父は聞きたかったんでしょうね。終始ニコニコと相槌を打ってくれました。
旅館に着き、夕食の前に、早速温泉に入ることになりました。父の裸を久しぶりに見るな、と思いました。
感じたのは、兄と似ているな、ということです。逆ですね。兄の身体は父に似ていたのです。もし、あそこをいじったら、父はどんな反応をするのだろう。そういうことまで考えました。
洗い場で、父は僕のお腹を触って笑いました。
「瞬、相変わらず細いな。メシちゃんと食ってるのか?」
「食べてるってば。父さんは変わらないね」
「でも、年のせいかな。前より食べる量減ったよ。夕飯も、食べきれるかな……」
湯につかりながら、僕はよこしまなことばかり考えていました。父は男性との経験があるのだろうか。そんなことです。
もちろん、面と向かって聞くことなんてできません。僕はその時も、彼女はできたことがないということで通していました。
本当は、実の兄と交わっていて、女の子のセフレまでいる。父よりも、母の方がショックを受けるかもしれないと思いました。
父が心配していた通り、豪勢な夕食が出ました。旅館のご飯、僕は好きなんですよね。僕はそこまで好き嫌いはありませんでしたし、パクパクと何でも食べました。デザートが入らないと言うので、父の分をもらいました。
そして、お待ちかねの晩酌です。母は先に眠ってしまい、父と二人。浴衣姿でビールの瓶を傾けました。
「瞬、本当に彼女いないのか?」
「いないってば」
「母さんに似て美人だし、モテそうなのにな」
「父さんは、母さんの前に彼女何人くらいいたの? どうせモテたでしょ」
「秘密。まあ、母さんが最初の彼女っていうわけではないんだが、教えたくないな」
そりゃあそうだろうな、と僕は思いました。母とは不倫だったんですから。そして、兄の母の自殺のことを、果たして知っていたのか、それが気になりました。
「父さんって、カッコいいし、女の子泣かせてきたでしょ」
「なんだ、人聞き悪いな。そんなことしてないよ」
「そもそも母さんとはどこで知り合ったの?」
「友達の友達だったんだ。飲み会で一緒になってな。年の差あるから、最初は妹みたいに思ってた。それが、母さんの方から告白されてな」
「へえ……」
どこからどこまでが本当の話なのか、僕にはわかりませんでした。けれど、どうだって良かったのです。父を揺さぶることさえできれば。
「デキ婚、反対されなかったの?」
「されなかったけど、呆れられたな。順番が違うって。でも結局、瞬が生まれた途端、みんなメロメロだ。瞬には感謝してるよ」
父は全くボロを出しませんでした。僕からこういった質問が飛んで来ることは想定内だったのでしょうか。
ただ、調べればいつかわかることです。父が死ねば、兄も相続人になります。そういうことまで当時の僕はわかっていました。
そこで、さらに攻撃を与えました。
「僕、一人っ子なの寂しかったな。きょうだい欲しかった。お兄さんとか」
父の顔は、ぴくりとも動きませんでした。
「作ってやれなくてごめんな。その代わり、瞬のことは大事にしているつもり」
「うん。わかってる。わかってるよ」
父は兄のことなど、本当に忘れ去ってしまったのでしょうか。そう感じるくらいの態度でした。
翌日は観光地を回るからと、寝ることにしました。僕は寝付けなくて、一人で露天風呂に行きました。三日月が綺麗な夜で、空気はとても済んでいました。
そして、喫煙所でタバコを吸いました。僕がタバコを始めたことは、両親には内緒にしていました。もうピアニッシモは持たなくなり、ピースだけを吸っていました。
観光地では、写真を撮ったり、食べ歩きをしたりと、至って普通の過ごし方をしました。母が少女に戻ったかのように、無邪気にしていたことをよく覚えています。
帰りの新幹線の中で、母が言いました。
「あー楽しかった。息子が大学生になってまで、こうして旅行できるなんて思ってなかったから。本当にありがとうね、瞬」
「こちらこそありがとう、母さん。また三人で行こうよ。次どこがいいか、考えといて」
母は実際に、次の候補をいくつか立てていたようです。海外も視野に入れていました。しかし、それは実現することはなく、最後の家族旅行になったのです。
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