15 特別

 僕の誕生日は三月二十一日です。僕は兄の部屋で食事をすることをお願いしました。夜にクリームシチューを作ってくれたんです。ニンジンが星の形にくりぬかれていました。


「兄さん、これ可愛いね」

「瞬が喜ぶと思ってな」


 兄は好き嫌いの多い人ですが、最低限の自炊はできました。シチューはとても美味しくて、二杯もおかわりしました。兄は言いました。


「お前の誕生日は、俺と俺の母親にとっては呪われた日だ。でも、瞬は俺を祝ってくれたからな。お返しはするよ」


 そして、革の財布をくれました。僕の使っていた物がボロボロだったことを知っていてくれたんです。僕は兄に抱きつきました。


「すっごく嬉しい。ありがとう、兄さん」


 兄は僕の存在を知った時のことを話してくれました。


「あいつは俺に何の説明もせずに俺を捨てた。母親も何も言わなかった。でも、事情ってもんはどれだけ隠してても伝わるもんだよ。ばあさんから瞬のことを聞いちまった。新しく子供ができてしまったってな」


 兄の母は、兄を連れて田舎に帰り、酒浸りになったそうです。どれだけ酒を隠しても、お金を取り上げても、ツケや奢りで外で飲んでくる。確実にアルコール依存症だったと兄は語りました。

 福原賢治を許さない、と遺書にはあったそうです。そして、父の血を継ぐ兄のことを愛せなくなったと。それを読んでしまった十五歳の兄のショックは、僕には想像がつきません。

 兄がどうにか高校を出られたのは、兄の祖母のおかげだということでした。手作りの食事を作り、兄が問題を起こす度に謝り、どうか退学だけはさせないでくれと頼みこんでいたようです。


「ばあさんは、俺にとっちゃ唯一のまともな親族だ。まだまだ元気みたいだから、心配はしてない。いつか瞬を会わせてもいいかもしれねぇな……」


 シャワーを浴びて、酒を飲み、僕は兄に可愛がってもらいました。鞭をふるわれ、身体中を吸い付かれ、いくつもの痕を刻んでもらいました。


「瞬。お前は俺のものだ。逃げるなよ。逃げたとしても、どこまでも追いかけてやるからな」


 執念深い兄で良かったと思いました。兄の愛情は、重く、ねじまがっていて、苦しいものでした。でも、そこまでされないと、僕は納得できなかったんです。

 だから、僕だって、同じように返しました。兄の身体に痕をつけ、敏感なところをいじくりました。


「兄さんも、僕のものだからね。絶対に捨てたりしない。可愛い兄さん。大好きだよ」


 兄は父親と母親に捨てられた人でした。だから、僕だけは違うと何度も何度も言い聞かせました。兄が強引な行動に出たのも、失いたくないがための結果だったのだと僕にはわかっていました。

 一つだけ、最後まで聞くことができなかったのは、兄の初めての相手のことでした。それだけは、色んな手を使ってみましたが、こぼすことはありませんでした。

 僕は見も知らぬその彼に嫉妬しました。僕が最初に兄を犯したかった。そう考えながら自慰をすることもありました。

 ただ、なんとなくわかったのは、その彼にも兄は捨てられたのだということです。兄はそれ以後、ワンナイトのみの付き合いを繰り返し、二度と同じ相手とすることがなかったそうなのです。

 僕が兄の最後の相手になろうと思いました。僕は特別な存在です。実の弟です。殺した死体を一緒に埋めに行ってくれるほど、僕のことを大事に思ってくれているのです。

 春休みが終わり、僕は二年生になりました。バイトでは主戦力になり、後輩からも慕われました。

 殺人者の僕が、素朴な顔をして、社会に交じり、通学をしているというのは、とても滑稽なことでした。神様なんていないのだと僕は悟りました。天罰はくだらないのです。

 兄とのやり取りだって、本来ならばしてはいけないことです。兄弟は交わってはなりません。僕は二種類の罪を犯していたのです。

 けれど、そんなものもどうでもよくなりました。肝心なのは、兄と僕、互いの気持ち。確認するには、肉体を重ねるしかありませんでした。


「瞬。気持ちいいか?」

「気持ちいい……気持ちいいよ……」


 僕は素直に言葉で伝えるようにしていました。今、どんな状態になっているか。どこが感じるのか。どうしてほしいのか。やりすぎて、うるさいと言われるほどに。

 ルリちゃんとすることも楽しかったのですが、深い快感を得られるのはやはり兄でした。男同士です。互いの身体のことならよくわかっているのです。

 時々は撮影して楽しむことがありました。兄は僕の隠し撮りを几帳面に整理していたのですが、動画も同じで、編集してバックアップまでとっていました。

 兄とラブホテルに行ったこともありました。いつもと違う環境に僕ははしゃぎ、時間ギリギリまで裸でいました。

 深夜に公園のベンチでしたこともありましたね。あれはなかなか危険なことでした。そんな風にして、僕は兄との時間を楽しんでいたのですよ。

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