14 石田瑠璃子

 年末年始は何をしていたの、と兄に問うと、部屋で一人で映画を観ていたとのことでした。兄の祖母がいる田舎には帰らなかったようです。


「寂しい思いさせてごめんね、兄さん。これからは毎日来てあげる」


 僕はまた、兄との日々に戻りました。身体の隅々まで、互いに触れていないところはないのではと思えるくらい、僕は兄に甘えました。

 けれど、何かがうずくのです。交わっても交わっても、どこか満たされない。僕は理由を探しました。けれど、見つかりませんでした。兄には相談しませんでした。言葉では言い表すのが難しいことでしたから。

 この頃、僕には大学で、新しい友人ができました。関西出身の石田瑠璃子いしだるりこさんです。ルリちゃん、と皆からは呼ばれており、彼女は瞬くん、と僕を呼びました。

 ルリちゃんは、派手な金髪のショートヘアー。ピアスをいくつもあけていて、ロックバンドのTシャツにクラッシュデニムをはいているという、パンキッシュな女の子でした。

 調子のいい関西弁も相まって、よく好かれていましたし、僕も彼女に惹かれました。


「瞬くん、授業終わったやろ? カフェでも行こうや」


 そう言って誘われました。ルリちゃんと二人きりになるのは初めてのことでした。この時僕は、二年生からは英文学を専攻することに決めていたのですが、彼女も同じでした。親近感がわきました。


「ゼミとか同じになれるといいなぁ。卒論も励まし合って書けそうやし」

「そうだね。ルリちゃんがいれば心強いよ」


 それから、彼女が一人暮らしをしている部屋に呼ばれました。狭いワンルームは物でごちゃごちゃとしていて、座る隙間を作るのが大変でした。

 足元に、薄い本がありました。手に取ってみると、それは男同士の営みが描かれたマンガでした。ルリちゃんは笑って言いました。


「そういうの、趣味やねん。ドン引きやんなぁ?」

「そうでもないよ。僕も好き」


 実際に、行為に及んでいるということは隠しておきました。相手は兄なのです。さすがのルリちゃんにも、何を思われるのかわかりませんでした。

 ルリちゃんが有り合わせの材料で作ってくれたパスタを食べ、お酒を飲み始めました。彼女のペースは早く、あっという間に空き缶でいっぱいになりました。


「瞬くんってほんまに可愛いなぁ。女の子みたい」


 それは、僕が気にしていたことでもありました。兄は雄々しい顔立ちなのに、僕は女顔。ルリちゃんも、僕のことなど男としては見ていないのだろうな、と感じたのですが、逆でした。


「うち、瞬くんみたいな男の子好きやねん。しようなぁ」


 のしかかられて、キスをされました。ルリちゃんの飲んでいた桃のサワーの味がしました。僕もお酒で気分が良くなっていたので、そのまま続けました。

 ルリちゃんは、スレンダーな体型をしていました。梓とはまた違って綺麗でした。梓の時は丁寧に愛撫をする暇もありませんでしたが、ルリちゃんは丁寧に扱いました。


「瞬くん巧いなぁ。意外と慣れてるやん。経験多いん?」


 僕は曖昧に笑っただけでした。ルリちゃんの家にはコンドームがあって、彼女が最初からその気で僕を呼んだのだとわかりました。

 女の子の感触は、兄とは全く別でいいものでした。僕が耳元で身体を褒めてやると、ルリちゃんは嬉しそうに鳴きました。

 ルリちゃんこそ、慣れているな、と感じました。後々聞いてみれば、彼女には既にセフレが何人か居たようで、僕はそれに追加されたにすぎないということがわかりました。

 兄にはこのことを告げるかどうか迷いました。妬かせるのも楽しいですが、調子に乗ったと殴られるのはたまりません。結局、言わないことにしました。

 兄がバイトに入っている時を狙って、ルリちゃんと会いました。彼女はスリルを求めました。大学内のトイレでしたこともありました。

 ある時、ルリちゃんは言いました。


「なあ、瞬くん。運命って信じる?」


 行為を終えて、僕の部屋のベランダで、二人でタバコを吸っている時でした。


「うーん、よくわかんないかも」

「うちは信じるで。瞬くんとは、前世で何かあったんやと思う。こんなに相性ええんやもん。きっと導かれて出会ったんやで」


 ルリちゃんの理屈で言えば、僕と兄もそうだとでもいうのでしょうか。僕は信じませんでした。それは今もです。

 見えない力によって、突き動かされている。そうは思いたくなかったのです。僕が兄に犯されることを選んだのも、梓を殺したのも、僕の意思。そちらの方がしっくりきました。

 季節は春へと向かっていきました。大学は春休みになり、バイトのシフトを増やしました。そして、兄との時間も。

 兄は変わらず僕に接してくれました。時々、梓の死体が見つからないかどうかで不安になった時は、あんなに深く掘っただろうと語りかけられ、安心しました。

 実際、梓の死体が見つかることは最後までありませんでした。梓の両親が、さすがに捜索届を出したようなのですが、若い女性、しかも成人済の失踪なんてありふれています。

 バイト先が一緒だったということで、警察から事情を一度だけ聞かれましたが、そんなに深い仲ではなかったと言ってかわしました。兄も同様で、僕たちは全く怪しまれることもなく、梓の捜索は早々に打ち切られてしまったと後から聞いています。

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