13 父

 久しぶりに見る実家はとても大きく見えました。郊外にある二階建ての一軒家です。父は本当は忘年会があったようなのですが、僕との食事を望み、家にいてくれました。


「瞬、大学はどうだ? 楽しくやってるか?」


 父はビールを飲みながら、そう尋ねてきました。彼女ができたか、なんて聞かれたので、そんな勇気はないよ、だなんて答えました。まさか、自分で殺したなんて言えるはずがありませんものね。

 僕は父の話も聞きました。仕事はいそがしく、部下を取りまとめるのに苦労していたそうです。瞬も入る会社はよく選べよ、と言われ、就活を意識しました。

 母が作った年越しそばを食べて、テレビを見ながらカウントダウンをした後、父と神社に行くことにしました。出店の数も多い、大きなところです。

 人でごった返していたので、僕は父の手をそっと繋ぎました。父は照れ臭そうに言いました。


「もう、瞬。子供じゃないんだから」

「僕は父さんの子供だよ、永遠にね」


 人殺しをした僕が、神様に何かをお祈りするなんてふざけたことだと思ったので、手を合わせるだけで無心でいました。父に尋ねました。


「何お願いしたの?」

「家族の健康。そればっかりは、努力じゃどうにもならないからな。瞬は?」

「えー、秘密」


 おみくじも引きました。僕も父も大吉でした。新年から気分がいいね、なんて言って、今度は屋台を見に行きました。


「父さん、あれ食べたい。りんご飴」


 父に買ってもらって、歩きながら食べました。父にもかじらせました。背の高い彼と一緒に歩いていると、どうしても兄のことを思い出しました。神社の鳥居をくぐり、帰り道に差し掛かろうというとき、僕は言いました。


「父さん。僕、父さんのこと好きだよ」

「なんだ、いきなり」

「僕、父さんのこともっと知りたいの」


 深夜ではありましたが、僕は父の部屋に行き、アルバムを見せてもらいました。父は僕が生まれたのを機に、一眼レフのカメラを買ったということで、写真は大量に残されていました。


「ほら、これが生まれて一日目。この頃は父さんに似てるだろう? いつの間にかすっかり母さん似になったな」

「へぇ……僕、こんな顔してたんだ」


 父がカメラを構えていたということもあって、彼の写真は少なかったのですが、たまにある僕を抱いた笑顔は眩しくて、心の底から僕を待ち望んでくれていたのだなとわかりました。

 お宮参り、七五三と、スタジオで撮られた写真もあり、ずいぶんお金と手をかけてくれていたのがわかりました。


「瞬も将来子供ができるのかな」

「ふふっ、孫の顔見たい?」

「まあ、無理は言わない。瞬の人生だ。自由にしたらいいさ」


 大学受験も、一人暮らしがしたいということも、僕の選択に任せてくれた父です。結婚や子供も、とやかく言わないんだろうなということはわかっていました。僕は、意地悪な質問をしました。


「どうして父さんは母さんと結婚したの?」

「あー、実はな、デキ婚なんだ」

「マジで?」

「でも、そろそろ籍を入れたいと思っていたところだったし、丁度よかったよ。母さんのお腹に来てくれてありがとうな、瞬」


 父さん、僕は知っているんだよ。そう打ち明ければ、父はどんな顔をするでしょうか。そして、女の子を殺し、兄と埋めたということ。まさか自分の息子たちが、そんな凶行に走っているなんて、想像もできなかったはずです。

 父はそろそろしんどくなった、とベッドに寝転びました。僕はもう少しアルバムを見たいからと部屋に残りました。ほどなくして、規則正しい寝息が聞こえてきました。

 僕は眠る父を見下ろしました。年の割にシワは少なく、白髪に困っている様子はありませんでした。兄とはタイプが違うけれど、美しい人だと思いました。

 沸き上がってきたのは……父を僕のものにしたい、という思いでした。僕はそっと父に口付けました。


「おやすみ、父さん」


 その日はなかなか寝付けず、徹夜してしまいました。母が作ってくれた雑煮を食べて、正月の特番を見て、昼寝をしました。

 僕は長い間、実家に居座りました。兄と会えないのは寂しかったですが、父との時間をもっと過ごしたいと思ったのです。

 父はお酒が好きな人でしたから、毎晩何かを飲んでいました。とうとう、僕も日本酒に口をつけました。


「父さん、いつか外で一緒に飲みたいな」

「いいな。二十歳になったらいい店連れていってやるよ」

「楽しみにしてる」


 こんな思い出があるので、日本酒が好きになりました。また、僕はけっこうアルコールに強いということがわかりました。いくら飲んでも、多少眠くなるだけで、酔うという感覚がわからなかったのです。


「瞬、凄いなぁ。父さんより強いんじゃないか」

「そうかもね」


 父が先につぶれて、ダイニングテーブルで寝てしまうこともありました。それを起こし、ベッドに連れて行き、父の頭を撫でるのが、とても楽しみでした。

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