12 開花

 僕は戸籍を見ていましたから、兄の誕生日を知っていました。十一月二十二日です。どこか行こうか、と聞いてみたのですが、兄は自分の部屋での食事を望みました。


「これ、プレゼント」

「おおっ! ありがとう」


 僕が渡したのは、オイルライターでした。食事が終わった後、早速兄はそれを使ってタバコを吸いました。


「やべぇ。誕生日プレゼント貰うのなんて何年ぶりだろう。すげぇ嬉しい」


 そう言って喜んでくれたのに、お酒が進んでからは一変してしまいました。


「なんでお前なんか生まれてきたんだ! なんで!」


 兄は激しく僕を殴りました。僕は顔を守るので精一杯でした。腹を蹴られ、床に吐きました。それでも暴力はやまず、兄が疲れるまで続きました。

 脱力し、床に座り込んだ兄を見上げながら、とりあえず僕は言いました。


「自分で片付けるね……」


 吐瀉物の処理をして、口をゆすぎ、兄の元へ戻ると、彼は三角座りをして顔をうずめていました。


「兄さん……泣いてるの?」


 僕が隣に腰をおろすと、ぐいっと肩を抱き寄せられました。


「ごめん、瞬。ごめん。どうしても、止まらなかった」


 身体中が痛みましたが、今はとにかく兄をなだめなければなりません。そっとキスをして手を握りました。


「……うちの母親とは、デキ婚だったらしいんだ」


 そう、兄が話し始めました。当時の父は、育児は任せっぱなしで、仕事に打ち込んでいたそうです。ただ、旅行には連れていってもらえて、好きな物も買ってくれたのだと言いました。


「本当は俺なんか要らなかったのかもな、父さん……」

「なんで、そう思うの?」

「父さんが俺を見る目はどこか冷めてた。金だけ与えときゃいいって考えてる、そんな目だった」


 そういったことは、僕は父から感じたことはありませんでした。父は忙しい人でしたが、顔を合わせた時は、僕の学校生活のことを聞きたがり、頭を撫でてくれました。


「俺なんて、生まれてこなきゃよかったんだ」


 兄がそう言うので、僕は必死になりました。


「そんなことない。よかったよ、兄さんが生まれてきてくれて。こうして弟として出会えた。僕は感謝してるよ」

「俺さ、瞬が居ればもう何も要らないよ。でも、お前のことが憎い気持ちも消えないんだ。傷付けたくねぇのにやっちまうんだ」


 全ての元凶は父でした。兄を、そして僕を苦しめているのは。父の浅はかな行動さえなければ、僕は生まれず、兄と父との関係は変わっていたでしょう。

 年末には実家に帰ろう。そう決めました。父の気持ちを探ることにしたのです。兄と出会ったことについては伏せたまま。

 この状態の兄を慰めるには、肉体の結び付きしかないと思いました。僕はさらにキスを重ね、兄の服の中に手を入れました。


「今は……そんな気にならねぇよ……」


 そう言われましたが、僕はしつこく兄の身体を刺激しました。兄はそれを受け入れてくれて、いつもとは違う甘い声を出しました。


「兄さん、そんな鳴き方できるんだね。可愛いよ」


 ベッドに移動し、さらに兄をいたぶりました。余裕のない兄は、あられもなく身体をさらけ出し、ゆだね、僕に見せつけてくれました。

 とはいえ、殴られた怒りもありました。僕は兄を焦らしました。お願いだからいかせてくれ、そう懇願されるまで、達することを許しませんでした。

 お酒が回っていたせいもあるのでしょう。行為が終わると、兄はすぐに眠ってしまいました。僕はタバコを吸いながら、母に電話をしました。


「母さん? 瞬だけど。年末にはそっち帰るね。父さんと母さんの顔見たいし」


 母はとても喜んでいました。四月に家を出てから、一度も帰っていませんでしたから。父も家に居ると言うので、電話を代わってもらいました。


「父さん? 元気してる?」

「おう、元気だよ」

「初詣、一緒に行こうよ。何年も行ってないでしょ」

「いいよ。行こうか」


 久しぶりに聞く父の声は、どこか兄に似ているかもしれないと思いました。ただ、垂れ目の兄と違って、父はつり目だったんですけどね。

 眠る兄の横に滑り込んで、抱き締めながら、僕は父のことを想いました。一人目の息子を捨て、二人目の息子を愛した父。一体どうすればそんなに酷い所業ができるのでしょうか。

 僕は父を暴きたいと考えていました。家庭で見せるあの笑顔の裏に、何を抱えているのかを。

 翌日、目が覚めると、兄は昨日の醜態を全て覚えていたのか、僕と目が合うと赤い顔をしました。


「……瞬って案外サディストなんだな」

「昨日の兄さん、凄く可愛かった。また虐めてあげるね」


 僕だって、自分の内に眠っていたものに驚いていました。それを開花させたのは兄です。だから、兄にぶつけるしかないんです。

 それからは、兄の気分で役割を交代しながら、兄弟でふけりました。その頃の僕は、既に梓を殺したことなどほとんど忘れていて、あの髪を手に取ることもしなくなりました。

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