第127話 『特別な人』

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 今週の夜間保育のあった日も、遠野のなんらかのリアクションがないとも限らずそれを恐れて、相原が『送るよ』と言ってくれたのに大事をとって花は電車で家に帰った。


 楽しいドライブTimeもなく、そして少し期待してしまっていた

カフェでのモーニングの誘いもなく、花は土曜の夜を迎えてしまう。



 恋人でもあるまいし、必ず一週間に一度、二人だけの時間を過ごすなんてこと、決まってないし確約もされていない。



 それなのに新しい週が始まる前に一度彼と会わなくちゃと、焦りにも似た気持ちになる。


 彼との会話は楽しく彼の側にいるのは心地よい。


 保育繋がりで始まった凛ちゃんを挟んだ彼との交流は

普通の独身者同士の付き合い方とは微妙に異なるのかもしれないが、

すぐに恋だの結婚だのと突っ走れない自分にはちょうど合っているような気がする。



 それに凛ちゃんという緩衝材が二人の間にあり、同僚の延長線上の恋人未満の関係は結婚というイベントを急いでいない自分にとってはお風呂の温度で例えるなら、ちょうどいい按配でほどよい湯加減だ。



 このような花の想いは本心からのものだった。


 けれど、知らず知らず花は自分の心を守る為の保険を掛けていたのかも

しれない。



 仮にある日、相原の元妻だとか恋人が出現したとしても、恋人ではない

自分には詰る資格がないのだからただ傍観していればいいのだ。


 そして相原からの言い訳さえ聞く必要も聞かされる必要もない。


 だって、婚約者どころか、恋人ですらないのだから。


 普通の妙齢の女性ならこんな曖昧な立ち位置を嫌うだろう。


 だが、人と深い付き合いをするのが怖い花にはちょうど良かったのだ。


 少なくとも、この時の花にとっては。


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