第126話 『特別な人』

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「サーコ、悪いけど凛連れて少しの間、外出てて」


「あぁ、健ちゃん、わかったわ」


 沙江子がジャケットを掴み凛を連れて出る時、遠野は玄関から一旦

共用廊下に出て道を開け、凛たちがエレベーターに向かって歩き始めると

また玄関の中に入り直した。



 だが相原は部屋の中に案内はせず廊下に佇み、玄関で立ったままの遠野と、そのままの状態で話を済ませようとした。



「驚いたよ。うちの住所、どうやって知ったの?」


「いきなりですみません。

 あのぉ~、いきなりついでなんですけど、先ほどの方はどなたですか?」


「凛の母親です。

 それより今日はどんなことでわざわざここまでいらしたのでしょう」


「あの……凛ちゃんのお世話で大変なことがあれば、何かお手伝いできることがないかと思いまして、アハハ……。


 でも、余計なお世話だったみたいで、お休みのところお騒がせして

申し訳ありませんでした。私、失礼します。本当にすみませんでした」


 遠野はそれだけ言うと、そそくさと踵を返し帰って行った。



『はぁ~』

 相原は唯一のストレスの種がこれで完全になくなったことを確認し、

安堵の吐息を吐いた。



 俺は何も嘘は言ってない。


 ただ遠野さんが姉のことをおそらく俺の元妻だと勘違いしただけのこと。


 相原は中学の頃から姉の沙江子のことを『サーコ』と呼んでいるのだが、今回はこれが幸いした。


 いやぁ~あと少しベランダから部屋に入るのが遅れてサーコが俺の姉だと話していたらと思うと……。


 上手く事が運んで良かったと改めて胸を撫でおろすばかりの相原だった。



 先週は凛を姉の沙江子に預けて掛居とのモーニングに行ったのだから

今週も預けてと思っていたのだが、今回はこちらに来たいと言う姉の希望を断れない形になってしまった。



 自分から見れば凛に会うのはどちらの家でもよいように思うのだが

今日はどうしても俺の家がいいと言った姉の沙江子。


 凜とだけではなく、俺とも一緒の時間を過ごしたいと思ったのかもしれない。


 異性の姉弟きょうだいということもあり、細部根掘り葉掘りまでの話はしづらくて『同じなんだから』と沙江子の言い分を突っぱねることができなかった。



 また掛居は今のところ、一緒にいて落ち着ける意中の女性ひとではあるが恋人未満の存在で恋人ではない為、デートしたいからと声を大にして自分のデートを強く主張できないという、案外気を遣うタイプの相原なのだった。



 しかし、今日のこの結末を鑑みてみると、自分のことばかり押し通さず

姉の言い分を聞き入れたことできっと、神様の思し召しがあったのだと

思えた。

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