第121話 『特別な人』

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 週明け出勤後、何となく私は遠野さんのことが気になってしようがなかった。


 芦田さんに直談判に行ったという遠野さんだったが、その後2度ほど

一緒に昼食を摂った時も小暮さんがいたせいかもしれないけど相原さんや

芦田さんの名前が出ることはなかった。


 彼女は唯一のとっかかりを失くしてアプローチを諦めたのだろうか。


 そんな風な思いを抱いて一週間……。



 また金曜の夜間保育の日がやってきた。


 別段相原さんから緊急連絡は入ってないので今日も彼は20時頃凛ちゃんを迎えに来るだうろうと予想し、私は19:40頃になるとなるべく早く帰れるように凛ちゃんの様子を見ながら周囲を見回して片付けを始めた。



「掛居さん!」


 声のする方を振り向くと作り笑いを顔に貼り付けた遠野さんの姿があった。



『えっ!』

 私は言葉が出なかった。



「私、夜間保育は仕事としては入れなかったの。


 それで一度は諦めたんだけど、よく考えてみたら相原さんにアピールするのが目的なんだから保育要員じゃなくてもいいんじゃないかって気付いたんです。


 掛居さんとは同じ職場で働く者同士、知り合いなのだし……。

 だから掛居さんの様子伺いに来ました」



 だから? 私は彼女の意図するところがよく分からなかった。


 私の様子伺い? だけど、もう少しで残業も終わるっていう今頃になって? 『ハッ!』そういうことか。



 相原さんのお迎えの時間に合わせて来たっていうことなのね。


 すごいぃ~、遠野さんって真正の肉食系女子だったんだ。


「様子伺い……って、あともう少しで業務も終わりよ」


「相原さん、20時には来ますよね?」


「たぶん……ね」


「私も掛居さんと一緒に見送りしたいなぁ~」


「いいけど、大抵私はほとんど話すことはなくて、芦田さんの横に立って

『お疲れさまでした』って言うだけなの」



 私がそう言うと遠野さんは部屋の中をぐるりと見渡して探った。


「でも、今日は芦田さん、いないみたいだけど」


 遠野さんが私にそう言うやいなや、いつの間にか芦田さんが起きていたようでタイミングよく、私の代わりに遠野さんへの返事をしてくれた。

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