5.3 疑いの主張

 関根はポスターと同じように、真っ白な歯を見せて笑った。

「白間首相、お会いしたかったです。そちらは?」

「専門家だ。話の場に同席してもらうが、気にしないでくれ」

 関根は首相官邸に不釣り合いな恰好の有栖を怪訝そうに見たが、黙って白間の勧める席に腰掛けた。

「今日は秘書の方はいっしょじゃないんですね」

 有栖は聞いた。

「これは私と首相の極めて個人的な話で、政治に関係があるかと言われればまあ多少はあるのですが、おおむねそれ以外の話題です。だから秘書は連れてこなかったのです」

「個人的な話?」

 関根は鬱陶しそうに有栖を見る。

「首相、できれば二人で話したいのですが、こちらの方に席を外してもらうことは可能ですか?」

 白間は少し迷ったが、しぶしぶ頷いた。

「わかった。すまないが少し席を外してくれないか」

 白間の秘書がドアを開ける。仕方なく有栖は外に出る。ドアに耳をくっつけてみたが、あまり会話は聞こえない。

 数十分ほど有栖は廊下で待たされることになった。再び秘書によってドアが開けられる。関根が白い歯を見せびらかすかのようにどこか勝ち誇った顔で部屋を出て行った。部屋を出た瞬間、両手をスラックスのポケットに突っ込んで肩をそびやかすように歩くのも癇に障った。有栖は関根と入れ違いに部屋に入る。

「首相、関根は何を言いに来たんですか?」

 白間は有栖の姿を見ると、少し不信感のにじむ声で言った。

「何、大したことではない。少しだけ現実の話をしていただけだ。あなたはもう帰った方がいい」

「現実の話?関根は夏屋といっしょになって首相に夢と現実の区別のつかないようにした張本人ですよ?」

「夏屋?関根君の秘書の彼はそんなことをしない。私をおかしくしたすべての元凶は、吉原という男だ。君も聞き覚えのある名前なんじゃないのかね」

「吉原?」

 急に吉原の名前が出てきて有栖は混乱する。

「早く帰りなさい。それと、もう私の前で関根君について悪く言うのはよした方がいい。彼は若いが、なかなかに素晴らしい政治思想を持っていて行動力もある。彼こそが真に実力のあるものであり、そういう若者がが実力を発揮できる国というのは十分尊敬に値する考え方だ」

 白間の態度で有栖は気付く。白間は有栖を疑っている。

「首相、私は首相に夢についてわざわざお伝えしに来たんですよ。関根が怪しいことはあなたの夢のログで十分証明したじゃないですか!」

 有栖は訴えるが、白間は冷酷なまなざしを崩すことはなかった。

「お引き取りください」

 秘書が有栖の腕を引く。ドアは有栖の鼻先で固く閉じられた。


 警備員に出口まで送られ、有栖は外に出た。既に辺りは暗くなっていた。もう白間と会話をすることは不可能だった。有栖はとぼとぼと駅に向かった。

 その道中に、黒塗りの車が停まっていて、後部座席のドアを開けたまま男が中に乗っている人と話していた。聞いたことのある声が混じっているような気がして有栖は立ち止まる。

 後部座席のドアが閉まる。一瞬、車に乗り込んだ男の顔が見える。関根だ。そして、その隣に視線を移すと、そこには夏屋が座っていた。

 二人は確実につながりを持っていた。

 夏屋と目が合う。夏屋の口が何か動くが有栖には聞こえない。

 足音がして有栖は振り返るが、遅かった。何人もの黒いスーツに身を包み、サングラスで目元を隠した屈強そうな男たちがどこからか現れて、有栖を手早く拘束した。叫ぼうとするも、何か匂いのするハンカチを鼻と口に当てられる。意識が遠のいていく。

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