第17話 凪に一石

「ルイス、見てー!」

お風呂で体を綺麗に清めたところで、提供された古着のワンピースをアリスは着こなしてみせる。

青地に、白い花のアップリケが施された可愛らしいワンピースだった。このワンピースを着ていた頃のサチが懐かしい。

「かわいいじゃん。」

アリスの可憐な姿を見てすかさず褒めることのできるルイスは、将来かなり有望だろう。

「ルイスもかっこいいよ。」

にこにこと嬉しそうに、アリスは言う。ルイスはチェック柄のシャツに、裾に折り返しのあるボトムスを着ていた。

「こんなにちゃんとした服、初めてだからなんか照れくさいけどな。」

かく言うルイスも自分にぴったりのサイズの服を着て、嬉しそうだった。

「二人とも、とても似合ってるわ。着丈は…、これなら直さなくても済みそう。」

ふむふむと紅夜は服の襟ぐりや裾を見て、頷いた。

「蝶々さんも、見てあげてください。ルイスさんと、アリスさん。すてきですよね。」

「…うん。それぞれ、よく似合ってる。」

左右を確かめるように二人を眺めて、蝶々は太鼓判を押すのだった。

「シスター!蝶ちゃーん!」

「!」

幼く高い声に窓の外を見ると、村の子どもたちが教会に遊びに来ていた。

「はーい。こんにちは、皆さん。」

紅夜が教会の扉を開ける。

「こんにちは。ねえ、一緒に遊ぼうよ!…あれ、その子たち誰?」

年長の男の子がめざとく、紅夜と蝶々の後ろに隠れるルイスたちを見つけて問う。

「誰、と尋ねる前に、自らが名乗らないと。」

男の子の隣にいたしっかり者の子が注意した。それもそうか、と素直に頷いた子どもたちは、ルイスとアリスを囲んで口々に自分たちの名前を告げる。

「? ?」

「な、なんだよ。」

「こらこら。二人が驚いているだろう。」

いきなりの出来事に目を白黒とさせたの二人を庇うように、蝶々はアドバイスをする。

「一人ずつだ。じゃあ…、サチからどうぞ。」

蝶々の司会により、自己紹介が始まった。

「サチ、です。あの、そのワンピース…。」

「ああ、そうだ。アリス、君が着ているワンピースはサチから譲り受けたんだよ。」

ありがとね、と蝶々に頭を撫でられてサチは嬉しそうに言葉を続ける。

「ワンピース、着てくれてうれしい。お気に入りだったから、捨てたくなかったの。」

「…サチ…?」

アリスは人見知りを直そうと、頑張っていた。

「アリス…です。服、ありがとう。…大事に、着ます。」

「うん!」

大きく頷いたサチは一歩前に出た。

「ねえ、遊ぼう?」

握手を求めるように、両手を広げられてアリスは紅夜を仰ぎ見る。その視線に気が付いた紅夜は背中を押すように、にっこりと微笑んだ。

「行ってらっしゃい、アリスさん。きっと楽しいから。」

「…うん!」

その笑みにすっかり安心したアリスは、サチと手を繋いで教会の庭に駆けていくのだった。

「じゃあ、男は男同士だな!」

そう言って、男の子たちはルイスと肩を組んだ。

「へえ、ルイスっていうんだ。なあ、球蹴りしようぜ。」

「球蹴りってしたことない。」

ルイスは気まずそうに、目をそらす。

「教えてやるよ!ルールは簡単だからさ。」

「あ、ありがとう。」

気まずかったのは最初だけで、すぐに彼らは打ち解けて球を追いかけ始めた。

「子どもってすごいな。」

その様子を見守っていた蝶々が、感心したように呟く。

「本当ですね。見習うものがあります。」

紅夜も同意して、頷いた。

その日、教会の庭や広場では賑やかな子どもたちの声が響いていた。

空が朱色に染まり、鳥たちが仲間を集い森の寝床に帰って行く時間帯。鳥に習い、子どもたちもそれぞれの家へと戻っていった。

「ルイス。この球、お前に預けるよ。」

一人の男の子が、ルイスに球蹴りで使った球を差し出した。「え、でも。」

「いいの!だから、また明日も遊ぼう!!」

困惑するルイスに半ば強引に球を持たせて、男の子は照れくさそうに笑う。

「じゃーな!」

手を振って帰って行く男の子を見送って、ルイスは手にした球を見つめた。

「良かったな。」

蝶々がルイスの頭をくしゃりと撫でる。

「…うん!」

初めてできた友人に、ルイスの笑顔は弾むようだった。

「ねえ、こうや。」

「何ですか、アリスさん。」

紅夜はアリスと目線を合わせるために、背を屈んで見せた。「これあげる。」

アリスはサチたちと作った花冠を紅夜の頭に乗せた。

「あら。いいの?」

それはシロツメクサやたんぽぽなどで作れられた、色彩豊かな力作だった。

「うん。こうやのために作ったんだよ!」

「ありがとう、嬉しいわ。さあ、夕食にしましょう。準備、三人とも手伝ってね?」

はーい、と蝶々たちの声が重なり、紅夜は仲良くなった三人を微笑ましく思うのだった。


そんな、ささやかなしあわせが満ちる小さな村に向かう、馬車が一台。キャビンには従者と、一人の青年が乗っていた。夜の闇に、ランプの明かりだけが煌々と光っている。

「あとどのぐらいだ。」

頬杖をつきながら、退屈そうに青年は従者に問う。

「馬を走らせて三日ほどは…。今夜は街に泊まり、明日の早朝に出発されるのはいかがでしょうか。」

「そうするか。…ったく、忌々しい。」

小さく舌打ちをし、青年は夜空に浮かぶ月を眺めていた。


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