第2話 甘噛み

襲われる。

そう思い、紅夜は狼に背を向けてしまった。逃げようとした刹那、地を蹴った一足で追いつかれてしまう。

「きゃ…っ、」

ささやかなレースが施された真白いテーブルクロスがかけられた祭壇に強か腰を打ち付け、うつ伏せに床に倒れ込んだ。

「いや!誰、か。」

それでも尚、這って逃げようとする紅夜の上に狼がのし掛かる。その体重に紅夜は、くっと喉を鳴らした。

狼はふすふすと鼻を鳴らして、紅夜の体臭を嗅ぐ。

「…。」

刺激すれば喰われるのでは、という恐ろしさに体が冷えて動かなくなる。

狼は、クルル、と鳴き、弄るように紅夜の首筋に鼻を埋めた。ひたりと触れる鼻先が濡れていて冷たい。強く感じる硬い肉球が、肩甲骨の間に食い込む。

紅夜の項を覆う服の布地を狼は歯で千切った。ビッと鈍い音を立て、服が裂ける。そしてあらわになった首筋を滑った舌で舐めた。

「っひ!」

紅夜が思わず首をすくめると、それがいけないとでも言うように狼は軽く歯を立て甘噛みをする。

死の恐怖に心臓の鼓動が大きく脈打ち、冷や汗が滲んだ。カチカチと歯を震わせていると、おもむろに狼は紅夜の上から退いた。

しばらく互いに無言の時間が過ぎる。

紅夜は上半身をゆっくりと起こしてみた。狼は銀色の毛並みを月明かりに輝かせながら、大人しく紅夜の様子を覗っているようだった。そしてゆったりとした足つきで紅夜の足元まで及ぶと、彼女の膝に顎を載せて瞼を閉じた。

紅夜は甘噛みされた首の後ろを撫でながら、最後に一緒にいた人物について思い出す。

それは、

「ルー…ガ、ルー…。」

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