第12話 監督
日暮先輩が言っていた『変わったやつ』という言葉。彼はまさに『変わっている』と言ってふさわしいような人間だった。なにせ会って一言目はこれだ。
「い、異世界転生系の、主人公、って、な、なんで、異世界に、月と太陽が、空に浮かんでいることを、ふ、不思議に思わないン、ですかね。――だって、ソレって、地球であることを、証明している、ようなものです、よね。月と、太陽がある惑星なんて、地球以外に、そうそうないと、思うんです。だとしたら、自分のいる地球が、パラレルワールド、ではなく、過去か、未来の、時代にいるのでは、とか、すごい、興味を持っても、いいと、思うんですよね……」
雑談にしても、もう少し気の利いた話題はなかったものか。
日暮先輩から紹介されたのは、二年生の
日暮先輩と話した翌日。わたしは最重要人物にして、今回の作戦に必須な人間を確保すべく、接触を試みた。なにせアニ祭にエントリーするには『監督は高等学校もしくは専門学校公認の部活動に所属している』必要があるからだ。つまり今回の作戦を行うには、一年生は不祥事のせいで入部が認められていないため、部内に残っている誰かを監督に仕立て上げて、代表としてエントリーしてもらう必要があった。
……いやはや、はっはっは。完全にそこは失念してたよね。
あぶねー。息巻いたくせに、そもそも監督は部員じゃなきゃだめだったわ!
危うく、恥をかくところだったが、間一髪日暮先輩の助け舟が出た。とはいえ、課題はまだクリアされていない。それどころか進捗だけでいえば、一パーセントも進んでいないといえる。
そもそもわたしの作戦では、アニ祭の春期で良い結果を残すことが絶対条件にある。日暮先輩は『最優秀作品賞』でも取れば、などと言っていたが、まさにその通りだ。そうなった場合、適当な人員で、適当に尺を埋めた、適当な作品を提出、では問題外だ。
アニ祭の第一線に通用する作品を生み出せる監督がいなければ話にならない。
なのだけれど……。
「選択肢はこの人一択か」
今、わたしと明珍先輩は学食の端の席に座っていた。
放課後、日暮先輩経由で呼び出してもらい、「頭がぼさぼさで、気味の悪い感じの男子生徒がそれ」と教えてもらい、後輩のこととはいえ随分な物言いだなと思っていたのだが、まさに絵に描いたような気持ちの悪い感じの人がやってきて、「明珍先輩ですか?」と訪ねたら、ぎこちない会釈だけ返してきたこの人が、明珍宏和本人であった。
「あ、あの。六路さん、は、アニメ、好き、なんですか」
「え? あ、ああ。まあ、そこそこ」
「そこそこ……、ですか」
まるでお見合いみたいな話し出しから始まり、異世界転生物の設定について持論を聞かされたあとは瞬く間に話題が掻き消えて、明珍先輩はそのままグッと何かを押し込むみたいに黙りこくった。
お見合いだったら、即破談だな。
「あの、明珍先輩」
「……は、はい」
「先輩はまだネマコン部に所属しているんですよね」
「は、はい、は、そ、そうです」
手持ち無沙汰なのか、明珍先輩はがしがしと頭を掻いた。
ぽろぽろと机にふけが落ちる。
わたしは素直に引いた。
「えと、どうして残ったんですか」
「どうして、と、言われても……」
明珍先輩はそう言って、手を机に戻した。
それから。
……そのまま。
三分ほど、沈黙のまま経過した。
――あれ!? あんたが喋るターンだったんじゃないの!?
「あの、先輩?」
「え、あ、はい」
はい、じゃない!
話を突然終わらせるな!
「部活に残ったのは何か理由があったんですよね?」
「あ、ああ。その話。……そうです。作品、どうしても、作りたくて」
すると明珍先輩が鞄をゴソゴソと漁り、この風貌の人間が持っているには割とキツい、こってこての魔法少女のイラストが描かれたクリアファイルを渡してきた。よくよく見れば、最近まで日芽香がどハマリしていた例の深夜アニメのやつだった。
「……シナリオ、です。没になったやつ」
「え、あ、はい。ありがとうございます」
とりあえず受け取った。
クリアファイルの中にはA4のプリントが何枚かあって、一ページ目には作品のタイトルらしき名称が書かれていた。
「……『魔法少女★スーサイドちゃん』?」
スーサイド……。
英語で自殺。
タイトルから溢れんばかりのB級感を感じる。
まあとりあえず、妙な好奇心は沸いた。
「これ……、制作班の、人に、渡したら、ボツ、といわれた、やつ、です」
「これを、作品にしたいと?」
明珍先輩は骸骨みたいにカクカクと頷いた。
向こうの言いたいことは分かった。
とはいえ、ひとまず状況の確認くらいはしておくべきか。
「日暮先輩からはわたしのこと、なんか聞いてますか?」
「は、廃部の撤回を、目指しているって、言っている、一年生がいるって。話は、あらかた、聞きました。……あと、ヒグさんからは、よければ、手伝ってほしい、と」
ヒグさん、は日暮先輩の愛称だろう。
変な奴、などと言われていたが、割と仲が良かったのかもしれない。
「できればわたしの友人のためにも、部活はどうにか継続してもらいたいんです」
「そのために、春期に向けて、作品を、作るって、話ですよね」
「はい」
「手伝い、ます。いえ、むしろ、手伝って、ほしい、です。僕も、絶対に、この作品は、学生の間に、作りたいんです」
意外、というと失礼だろうか。
骸骨さながらの不気味さを全身から放つ明珍先輩だが、その言葉からはそこはかとなく固い意志を感じた。
「わたしが言うのもなんですが、学生の間じゃないとダメなんですか?」
「シナリオ、読んでみて、ください。その方が、説明しやすい、です」
わたしが手に持っていたクリアファイルを、さらにずいっと明珍先輩が押し込む。
よければ感想も、と付け足し、また顔を伏せてしまった。
……さて、どうしたものか。
できることなら、ドンッと頼れる監督がいてくれたなら有難かったのだが。
私に全部まっかせなさ~い、六路さんはちょ~っと手伝ってくれるだけでいいんだよ~、なんて言ってくれる王子様的監督を求めていたが、まあ、そんな頼れる人間はアニメ業界には一人たりともいないだろう。
とはいえ。とはいえだ。
この人で、本当に大丈夫か?
まず監督として一番大事なディレクション力はほぼ皆無のように見える。会話の円滑さはないし、人に言葉で何かを伝える能力は低いと思えた。
それに加えて、引っ張ってくれるどころか、引っ張ってあげないと動かなさそうな感じがプンプンしている。おそらく気分で進捗状況が変わるタイプだ。追っかけには苦労しそうだ。
百パーセント、制作班を辟易させるタイプの人間だ……。
「……はぁ」
とはいえ、縋る藁がこれだけなのなら、かき集めるしかない。
仕方なく、シナリオを一枚めくって、読み始めた。
その日、わたしは、監督を任せるには彼しかいないと、強く確信した。
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