第20話
この日の天気予報は大当たりだった。それまで梅雨の曇り空が続いていたのが、この日は曇り空も途切れ、久しぶりの青空が広がっていた。
久しぶりの青空は夏の気配が強くなっていて、もうすぐ夏が来ることを感じさせた。
そんな青空の下を結喜の車が走る。久しぶりの青空に気分が高揚しているのか、鼻歌を歌いながらハンドルを握っていた。
しばらく走っていると、車は紬のマンションまでやって来た。その駐車場で紬の姿を見つけた。紬も結喜の車を見つけると、大きく手を振って車の方へ駆け寄ってきた。
「こんにちは! 海鳥さん!」
そう言って笑顔で挨拶をくれる紬。ジーパンにTシャツ、それに髪をまとめてキャップ帽を被るその姿は、まさイケメンといった感じだ。
結喜が車を停めると、紬は飛び込むように助手席へと乗り込んできた。
「お疲れ様です! 今日はよろしくお願いします!」
もうすでに楽しくて仕方ないという様子の紬。そんな彼女に苦笑いを浮かべる結喜。
「はい。それじゃあ行きますね」
結喜がアクセルを踏み込む。旅の始まりを告げるように、エンジン音が響くのだった。
鹿町・小佐々町地区は、佐世保から少し離れた郊外にあった。この地域はかつて北松浦郡となっていて、佐々町を中心として鹿町や小佐々町がこの地域を形成していた。
それが変わったのが過去に起きた『平成の市町村合併』の時であり、北松浦郡も佐世保市に編入する流れが起きていた。
しかしこの時、佐々町と鹿町がそれに応じることができず、小佐々町だけが佐世保市に編入することになってしまい、鹿町はそのまま北松浦郡に残ることになった。
その後、鹿町も佐世保市に編入することになり、今では北松浦郡は佐々町のみとなっている。
今でこそ鹿町と小佐々は佐世保市だが、今でも北松浦郡の名残は大きく、鹿町に行くには佐々町を通らないといけなかった。
鹿町の手前までやって来たところで、結喜は近くにあるコンビニに車を停めた。車を降りて伸びをする紬。すると彼女が何かを見つけて声を上げた。
「あ、海鳥さん。あれって風力発電ですか?」
紬が指を差す。そこには山の上に何本もの真っ白な風車が並んでいた。
「ああ、そうですよ。鹿町ウィンドファームって言うらしいですよ」
山の上で勢いよく回る風車。結喜が学生の頃から存在しており、遠くからでも白い風車が回る姿を見ることができた。
「へ~そうなんですね。近くまで行けますかね?」
「う~ん、どうでしょう。今日回るところを考えると、余裕がないかも」
「そっか。ちょっと残念かも」
残念そうに風車を見つめる紬。その光景はまるで、風車が自分たちを出迎えてくれているように見えた。紬はその光景をじっと眺めていたかと思うと、笑みを浮かべて結喜に振り返った。
「さあ! 早く行きましょう!」
目の前の光景に気持ちが爆発したのか、紬が出発しようと声を上げた。これから旅する鹿町の光景を想像して、居ても立ってもいられないといった様子だった。
いつもの結喜なら、そのテンションに辟易していただろう。だけど、この時だけはそんな気持ちは起きなかった。
それはきっと、結喜も同じ気持ちだったからだろう。彼女も目の前の光景に、早く行きたいと心が躍っていたのだから。
二人は少し休憩した後、鹿町に向かって出発した。
「うわあ……きれい……」
助手席でそんな吐息が流れてきた。運転する結喜の横で、紬が鹿町の光景を見ながら、感嘆の声を上げていた。
この日は快晴で、どこまでも見通せる青空と、潮風香る海が目の前を流れていく。青空にはいくつかの真っ白な雲が流れており、まるでその雲を追いかけるように、結喜の車は走っていた。
「すごい……すっごくきれい」
再び紬の吐息が流れてきた。語彙力を失うとはよく言うが、あまりに単純な言葉しか出てこない様子に、結喜がつい笑い出してしまう。
「蛯沢さん、そんなにですか? 確かにきれいですけど、佐世保だと珍しくないと思いますよ」
結喜の言う通り、佐世保は海がすぐ横にある街であり、それは子供の頃から当たり前のことだった。
結喜だって海が見えるこの街は好きだけど、こんなに感動する紬の反応には新鮮な驚きすらあった。
そんな結喜の言葉に、紬が照れるように頬を染めた。
「ははは、ごめんなさい。私、ずっと有田とかにいたから、海にはあまり行ったことがないんです。だから就職する時は海が見える街にしようって思って、それで今の職場にしたんです」
佐賀県にも海に面した町はあるが、紬がいた有田などは佐世保に程近い街ではあるが、海が身近とは言い難い街だ。
当たり前に海が近くにある佐世保と、そうではない有田では、海に対する感じ方も違うのだろう。
「私も地元は大好きです。有田にはよく帰るし、昔の友達ともよく会います。でも、こんなきれいな海が見られる佐世保も、私は大好きです」
そんな言葉を呟く紬。彼女の眼差しが、鹿町の海に向けられていた。
そんな彼女の言葉を聞いて、結喜はつい嬉しくなった。自分のことでもないのに、故郷の街を好きだと言われて、不覚にも嬉しいと思ってしまった。
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