第11話

 烏帽子岳への旅を終えた次の日。いつものように淡々とキーボードを叩き続ける結喜。何事もなく、何も変わらず、普段通りに仕事をこなしていた。

「海さん。さっきの書類、終わったかな?」

「あ、はい。終わりました。確認してもらっていいですか?」

「うん、いいよ」

 宮島に書類を送る。書類をチェックした宮島からOKをもらう。

「オーケー。大丈夫だよ。ありがとうね」

「ありがとうございます。このまま続けますね」

「うん。お願いね」

 そうして会話が一瞬止まる。その時、宮島が嬉しそうに結喜を見た。その視線を感じ取った結喜が宮島に向き直った。

「何です? やっぱりどこか間違ってましたか?」

「ううん。違う違う。なんだか海さん、元気になったなって思って」

「……元気、ですか?」

 何のことを言われたのかわからない結喜が首を傾げる。

「私、元気ありませんでしたか?」

「うん、何ていうか寂しそうだったっていうか、元気がなかった気がして。でも、今日は元気になっているみたいで、何かいいことでもあったのかなって」

 その言葉に思わず顔を押さえる結喜。どうやら自分でも気づかないうちに笑っていたようだ。それを宮島に見られていたことが、結喜には恥ずかしかった。

「そうですか……すいません、仕事中に」

「謝る必要はないよ。私も海さんが笑ってくれた方が嬉しいもん。でも、本当に何かいいことでもあったのかな?」

「……別に。何でもないですよ」

 あまり自分のことは話したくない結喜。ドライブに出たことや烏帽子岳に行ったことは話さず、適当に誤魔化した。

 それをどう受け取ったのかわからないが、宮島は何も言うことなく、ただにっこり笑みを浮かべるのだった。

 それから仕事を続ける結喜だったが、その間も笑みが時々零れるのだった。



 家に帰った結喜はそのまま、タブレットを手に取った。彼女はタブレットに佐世保の地図を映し出して、それを眺め始めた。

 烏帽子岳の旅を終えた後、彼女の中に灯った炎は今も燃えていた。その炎は彼女に次の旅へ向かうよう呼びかけていた。彼女はその炎に従うように、さらなる旅路を求めていた。

 次はどこへ行こう。そう考える彼女は、次の旅の目的地を選定し始めた。

 どうせならいい写真が撮れそうなところへ行きたかった。普段は行かないような場所に行って、見たことのない光景を写真に撮りたかった。

 せっかくだから1日、時間をかけて走ってみたい。彼女はそんなことを考えながら地図を眺めた。

「……あ」

 その時、地図を眺めていた彼女の目に、その地名が目に入った。

 世知原。佐世保の郊外とも言えるような場所で、大きなビルがあるわけでもなく、昔ながらの田園風景が残る場所だった。

 結喜は何度かその場所を訪れたことがある。だけど、全体を巡ってみたことはなかった。

 結喜は世知原を訪れた時のことを思い出す。その時も目の前に広がる青々とした山や、延々と続く道。その先に見える田園風景が脳裏に浮かんだ。

 しかし、それも世知原のほんの一部だ。ならば、その先には何があるのか? 自分が見たことのないその先の世界は、どんな光景が広がっているのだろう?

 そう思った瞬間、結喜の心の行き先が決まった。

「……よし」

 それから彼女は、世知原の地図を広げて、画面に映し出される名所や撮影ポイントを調べ始めた。

 旅は計画する時には始まっている。かるドラで少女たちが語っていた言葉だ。結喜は少女たちと同じように、その喜びを感じていた。

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