第5話
その日、部屋で一人静かに過ごす結喜がいた。
その様子は過ごしているというより、何もやる気が起きないと言った方が正解のようだった。
交通公園に行った日から数日。結喜はいつも通りに過ごしていた。
いつものように起きて、出勤して、仕事して、定時に帰って。そんないつもと変わらない日々を過ごしていた。
「海さん、大丈夫?」
ある日、宮島からそんな言葉をかけられた。宮島は何故か心配そうな顔を向けてきた。
「えっと……すいません。どこかミスしてましたか?」
「ううん、大丈夫。ミスしてないよ」
「じゃあ残業ですか? 別に問題ないですけど」
そんな風に答える結喜だが、宮島はそうではないと首を振る。彼女の悲しそうな眼差しが結喜に向けられた。
「海さん、最近とても寂しそうだったから」
その言葉に結喜は、自分の中に渦巻いていた感情にやっと気付いた。
交通公園がなくなるということに、彼女の中に寂しさや悲しさといったものをずっと抱えていた。そのことを自覚しないまま過ごしていた結喜は、知らない間にその悲しみが滲み出ていたようだった。
そんな結喜を見ていた宮島は、彼女から感じる悲しみに辛そうな顔をして見せた。
「大丈夫? 何かあったの?」
もう一度宮島から言葉をかけられる。その言葉を受けて、結喜は小さく答えた。
「……大丈夫です。たぶん疲れてるだけですから」
「本当に? 何か悩んでるとかない?」
明らかに嘘とわかる結喜の言葉に、再び質問を繰り返す宮島。
「……大丈夫です。何でもありませんから」
それでも結喜の答えは変わらなかった。まるで拒絶するかのようなその言葉に、宮島はそれ以上何も言わなかった。
そうして迎えた休日。いつもなら本の続きを読んで過ごしているはずなのに、結喜は何をするでもなく、ベッドの上で横たわっていた。読みかけの本は机の上に置きっぱなしにしていた。
「……情けないなあ」
ベッドの上でそんな風に呟く。それは自分自身に対する嘲りの声だった。
職場で宮島に心配されたことに、結喜は自分の情けなさを自覚してしまった。
この数日、結喜は普段通りに過ごしていたはずだった。だが、宮島から言われたことで、自分がどんな顔をしていたのか。それを思うと結喜は自分が情けないと思うのだった。
彼女の寂しさの正体はわかり切っていた。交通公園が閉鎖されるという事実は、彼女の中で大きなショックを与えていたようだ。
想像以上にそのショックは大きかったらしく、宮島に心配されるほど顔に出ていたようだ。
情けないと思うと同時に、そんな自分の姿が意外だとも思っていた。あまり感情の動かない体質だと思っていたが、こんなに落ち込むことがあるんだなと、我がことながら驚きもしていた。
そんな気持ちのまま迎えた休日。この日はずっとベッドの上だった。何もやる気が起きず、身体が重かった。
やはり寂しさを自覚するのとしないのでは大きく違うようで、結喜はその感情の重さを実感するようになった。
寂しさが重くのしかかり、悲しみに心が泣いていた。
「……ああ、くそ」
舌打ちしながら結喜がベッドから起き上がる。眉間にしわを寄せながら、、何かないかと周りを見回す。
その時、彼女の目にタブレット端末が映った。彼女は普段、そのタブレットでアニメや動画を見ていた。
そう言えば最近アニメを見ていないなと思い、おもむろにタブレットを手に取った。タブレットを起動させ、動画サイトを閲覧し始めた。
「何かないかな……」
別に何かを期待したわけではない。今のこの気持ちが、アニメで癒せるとは思っていない。
それでも、わずかでもこの寂しさを紛らわせることができるのなら、それだけで十分だった。
彼女の指がタブレットの画面を動かす。その動きに応じるように、サイトからは色んな作品が画面に出てきた。
そのまま指を動かす結喜。目の前でオススメや注目の作品など、人気の作品がどんどん出てきた。
だけど、どれも彼女の興味を引くことがなかった。感情が死んでいる状態の今、彼女の心が動くようなものは見つからなかった。
「……ん?」
その時、彼女の視線が一つのアニメ作品に注がれた。
『かるドラ』というタイトルが彼女の目に止まる。そのタイトル画面では、何人かの可愛い女の子たちが笑っている絵が映っていた。
よくある美少女アニメ。それが第一印象だった。特に目新しいものはなく、結喜も初めて見る作品だった。
だけど、何故か結喜はその画面から目が離せなくなっていた。何故かわからないが、そこから指を動かそうと思えなかった。
「……これでも観るか」
どうしてそう思ったのか、どうしてそのアニメを観ようと思ったのか、彼女にとっても不思議であった。
結喜は理由がわからないまま、そのアニメを観始めるのだった。
『かるドラ』は日常系アニメと呼ばれるものだった。普通の女の子たちの何気ない日常を描く作品で、かるドラもそんな日常系だった。
アニメの中で描かれているのは、大学生の女の子たちの日常だった。彼女たちは大学で『旅サークル』なるものを結成し、地元地域をドライブしていく姿が描かれていた。
特に何か起こるわけでもない。ときめくような恋愛劇はなく、ハラハラするようなアクションもない。ただ女の子たちがドライブをして地元を旅して、その土地を巡る。ただそれだけを描いた作品で、ただただ少女たちの日常を描いただけの作品だ。
言葉にすればそれだけだ。英雄もいなければ天才もいないし、世界を変えるような出来事もない。そんな静かな作品だった。
そんな静かな作品に今、結喜は釘付けになっていた。彼女は静かに、そこに描かれている物語をずっと見続けていた。
何も言わず、静かに見つめる結喜。彼女の中に、小さな火が灯り始めていた。
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