第2話

 駐車場に停めてある車に向かう結喜。肩口で切り揃えたボブカットの髪が風で揺れた。遠くの空を見ると、夕焼けに照らされた世界が茜色に輝いている。眼鏡を通してみる世界を一瞥してから、彼女は停めてある車に乗り込んだ。

 車を走らせると、周りには家路を急ぐ車が先を争うように走っていた。彼女も車の波に乗るようにして、自分の車を走らせた。

 海鳥 結喜は、この佐世保の街で生まれ育った佐世保っ子だった。県外にほとんど出たことはなく、出ても家族旅行や修学旅行の時くらいで、九州からも出たことはなかった。

 高校の同級生が東京などの県外の大学を志望する中、彼女は実家から通える大学を選んだ。

 理由は特になかった。合格できる大学を選んだとか、二次試験が小論文だったとか、その程度の理由だったかもしれない。だけど、確実に言えることがある。

 県外に出ることに魅力は無くても、実家から通えることには魅力を感じていたということだ。

 地元で家族と一緒に過ごせる。それだけでも彼女が地元に残る理由としては十分だった。

 そうして彼女は地元の大学に通い、卒業してからも地元で就職して、今も佐世保で暮らしていた。

 彼女の人柄を言い表すなら、無気力・無感動・無愛想の三拍子だった。趣味らしい趣味もなく、休日は誰とも過ごすことなく、一人で過ごしてばかり。やることと言えば本を読むことと、アニメなどを見たりするくらいだった。

 一人でいるのが好き、というのもある。だけど同時に、彼女は単純に人見知りであった。今でも初対面の人間を前にすると、どうしていいかわからなくなるくらいだった。

 彼女にとって誰かと一緒にいることより、一人でいることの方が望ましいのだ。

 それが、海鳥 結喜という少女だった。



 結喜の車が佐世保の市街地近くを通り過ぎようとした。結喜が視線を上げると、空を分断するように一本の高速道路が走っていた。市街地の空を走る高速道路は数年前に開通したもので、今は車線拡大のための工事が始まっていた。

 その高速道路の下では、結喜のように家に帰ろうとする者と、これから遊びに出ようとする者が、佐世保の街を行き交っていた。

 結喜は外を歩く人々の姿を見つめた。仕事帰りの若者やアメリカ人など、それぞれ談笑しながら道を歩く姿があった。きっとこれから、飲みに行ったりするのだろう。

 結喜は一瞬だけ笑ってから、またアクセルを踏み込むのだった。



 家に帰る途中、結喜は家の近くのコンビニに立ち寄った。明日食べるおやつを買うためだった。

「あ……」

 結喜がコンビニから出ると、小さな声が漏れ出た。

 視線の先には、これから工事が始まることを告げる看板と、これから改装される予定の建物があった。

「あのビデオ屋さん、なくなったんだ……」

 そこに寂しく佇む建物は元々ビデオ屋さんで、結喜もよく友達と一緒に行ったことのあるお店だった。久しぶりにこちらに来てみたのだが、すでにビデオ屋は閉店していたようで、今はブルーシートが被せられていた。

「そっか……あそこも閉まったんだ」

 誰に聞かせるでもなく、彼女はそんな呟きを吐いた。

 昔はよく、あのビデオ屋に遊びに行ったことがあった。ビデオを借りることもあれば、特に用事がなくても入り浸っていたこともあった。

 思い出の場所というには大袈裟だが、昔からそこにあったものがなくなるというのは、やはり寂しいものがあった。

「次はジムができるんだ……」

 結喜が目を凝らすと、建物に広告が掲げられていて、次はスポーツジムとして生まれ変わると大きく宣伝されていた。彼女もよく聞く名前のスポーツジムで、最近は佐世保のいたるところに進出していた。

 かつてのビデオ屋も人の姿はまばらだったらしい。閉店するのも仕方ないことかもしれない。

「この前はあっちの本屋もなくなってたな……」

 結喜の呟きには、僅かに寂しさが込められていた。

 流行り廃りで街の姿が変わるのは当たり前のことだし、仕方のない事だ。だが、それを無抵抗に受け入れるのは、あまりに寂しいことだった。

「……仕方ないか」

 結喜はそれだけ言うと、スマホを取り出してその建物を写真に撮った。今はもう営業していないビデオ屋を偲ぶように、何枚も写真に撮るのだった。

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