My home,in yesterday

葉桜藍

第1話

 九州の西に位置する街。長崎県佐世保市。

 日本が明治時代を迎え、近代化を推し進めていた時代。この時、佐世保市の歴史が始まった。それまで小さな漁村だったこの土地は、近代化によってその価値を大きく変えた。

 西に中国大陸を臨むこの土地は、港を設置するのに理想的な土地だった。旧帝国海軍はここに軍港と鎮守府の設置を決定。ここに佐世保鎮守府が設置され、近代的な軍港がここに誕生した。

 それと同時に小さな漁村は一気に発展し、ここに佐世保市が誕生した。

 海軍の繁栄と共に佐世保市も大きく発展していった。軍人が闊歩し、軍港や海軍工廠では多くの人間が働き、巨大なクレーンが並ぶ光景が生まれた。

 その後、戦争が起き、戦火によって荒廃した街は、戦後の始まりと共に新しい時代を迎えた。進駐してきたアメリカ軍が佐世保に駐留するようになり、今度はアメリカ人が街を歩き回るようになった。アメリカの占領統治が終わった後もアメリカ軍はそのまま残り、またかつての旧帝国海軍も海上自衛隊として生まれ変わり、アメリカ軍と海上自衛隊の軍艦が佐世保の海を航行するようになった。

 今ではアメリカ人と日本人が隣並んで歩くのが当たり前になり、春にはお花見を。夏にはアメリカ独立記念日を祝う。そんな街になっていた。

 それが佐世保だった。



 佐世保の郊外にある建物。その中では多くの人が働き、パソコンと書類を見つめながらデスクワークに勤しんでいた。

 その中の一人、海鳥 結喜(うみどり ゆき)もパソコンに向かい、キーボードを叩き続けていた。

「宮島さん。終わりましたよ」

 隣にいる上司に声をかける結喜。その声に反応して宮島が顔を向けてきた。

 「あ、ありがとう。確認するね」

 気さくに声をかける宮島。上司と言っても結喜とそんなに年も変わらないので、上司というより学校の先輩といった感じの間柄だった。

 宮島がパソコンを眺めていると、満足したように頷いて見せた。

「うん、オッケー。ありがとうね」

「他に何かありますか?」 

「いや、特に何もないよ。もうすぐ定時だし、あとはゆっくりしてたら?」

 にっこりと笑みを向ける宮島。その言葉に甘えて、結喜はその場で伸びをしてみせた。

「明日休みだったよね? 何か予定とかあるの?」

「あ、いえ、何も。たぶん家で本を読んでると思います」

 宮島の質問に結喜も普通に返した。基本引きこもりの結喜にとっては、家で過ごすのは普通のことなのだ。

「そっか。外に遊びに出たりとかはしないの? 友達と遊んだりとか」

 宮島にとっては何気ない問いかけだった。しかし、その質問に何故か結喜は首を傾げていた。

「トモォ……ダチ?」

「そこが疑問形になることってある?」

 結喜の言葉に宮島が戸惑いの声を上げた。そんな彼女の言葉に結喜は得心したように頷いた。

「ああ、すいません。友達ですね、友達。久しぶりに聞いた言葉だったんで忘れてました」

「海さん、狼にでも育てられてた?」

 結喜の突飛な言葉に呆れる宮島。結喜は特に顔色も変えず、何気ない言葉を返した。

「すいません。私って遊ぶような友達っていないですから。休日はいつも一人ですし」

「そんな寂しいことを……あれ? 海さんって地元だよね? 同級生と遊んだりしないの?」

「同級生はみんな県外の大学に行って、そのままあっちで就職しましたから。地元に残ってる子はほとんどいません」

「ああ、そういえば学校って崎田高校だっけ。進学校だとそうなるのか」

 結喜の母校の崎田高校は進学校で、ほとんどの生徒は県外の大学に進学し、そのまま県外で就職するのがほとんどだった。中にはテレビでよく見る有名大学に進む者もいて、佐世保に残るのはあまりいなかった。

 そのことに結喜が寂しさを感じるということはなかった。

「一人で過ごすのが自分に合ってますから。誰かと一緒にいるの、苦手なんです」

 元々人見知りで人付き合いが苦手な結喜にとって、誰かと遊ぶことよりも、家で趣味に没頭する方が好きだった。

 決して健全ではないだろうとは結喜も思っていた。だけど、それが一番好きな過ごし方で、自分らしいのだと彼女は思っていた。それは誰にも邪魔されたくない生き方だった。

 そんな結喜の言葉を受けて、宮島が寂しそうな顔を見せた。

「そうか、まあそれならいいけど。でも、少しは友達と遊んでもいいと思うよ。同じ趣味の人とかさ。この職場って若い子も多いし、海さんとも同じ年の子も何人かいるし。たまにはお話でもしてみたら? 海さん人気者だから、きっと楽しいと思うよ」

「……人気?」

『人気者』という宮島の言葉に、結喜が首を傾げる。自分のような人間が人気者だなんて、あり得ないことだと思った。

「いや、人気とか、そういうのはないでしょう」

「いやいや。海さんのこと、みんな気になってるよ。絶対人気者になれるって。そうだ」

 その時、宮島が名案とばかりに声を上げた。

「その内みんなで飲み会とかするから、海さんも来てよ。いつも欠席してるじゃん。飲み会に来たらみんな喜ぶと思うよ」

 宮島が顔を近づけてくる。ぜひ来てほしいと目が訴えていた。その空気に結喜は顔を固くした。

「そう、ですかね……」

 結喜は若干嫌そうな空気を見せた。飲み会というイベントは彼女が最も苦手とするものだった。そもそも彼女はお酒が苦手だし、飲み会ではしゃぐ自分の姿というのは想像できなかった。

「まあ、いつかやると思うから、その時はおいでよ。私もいるから大丈夫だよ」

「……そうですね。考えておきます」

 とはいえ、ここで断るのも無粋であることは結喜にもわかる。なので当たり障りのない答えを返しておいた。それをどう受け取ったのか、宮島はまた笑みを浮かべるのだった。

 その時、終業を告げるベルが鳴った。周りで席を立つ者、帰り支度をする者の姿があった。

「あ、時間だね。今日もありがとうね。気を付けて帰ってね」

 そう言って手を振る宮島。結喜もパソコンを閉じて席を立った。

「お疲れさまでした。お先に失礼します」

「うん、まったねー」

 そう言ってその場から歩き出す結喜。そんな彼女を見送ってから、宮島はまたパソコンに目を向けるのだった。

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