第3話 お披露目

アベルが退室してからは怒涛のような忙しさだった。

私づきのヘアメイク技師がやってきて、美しくメイクをヘアメイクをしてくれて、頭の先からつま先までピカピカにされてから騎士に先導されて私は巨大なバルコニーまでやってきた。

外からは多くの声が聞こえてくる。

その多くは私のことを聖女と呼び、早く顔を出してくれというものばかりだった。


(どうしよう。昨日召喚されたばかりで混乱してるのに、もうお披露目されちゃうなんて、晒し者みたいで嫌だよ)

私は俯いて涙を堪えているとツカツカとアベルが近寄ってきた。


「怖いのか?」


そう言って優しく緊張で冷えきった私の手を包み込むと優しい眼差しで私を見つめてくれる。


「突然のことで頭が追いつかないだろう。これも慣習でね。私は反対したのだが。慣習を変えるのには時間がかかる。私もそばにいてこうして手を握っていよう。だから一時だけ耐えてくれ」


そう言って私の手を握ったまま民衆の前に進み出た。


「皆の者よく集まってくれた。昨日、国王選定の儀が行われ、王の証たる聖女を召喚することに成功した。この者がその聖女、愛花だ。これから皆は愛花を敬い、愛するように。そして私は新国王として皆を愛し、守りぬくことをここに誓おう」


そういった途端、わっと民衆から歓声があがった。


「すごい熱気ですね…」


私がアベルにそいういうと、彼は優しい声音で答えてくれる。


「怖いか?愛花。だが安心してくれ。君のことは何があっても守るから」


そう言いながら国民に向かって手を振るアベルは毅然としていてとてもりりしかった。

私はそれに見惚れていたが、アベルは私が疲れて帰りたいとアピールしていたと勘違いしたのだろう。

私の手を引いてバルコニーを後にした。


「あの…よかったんですか?まだ5分くらいしか経ってませんけど。本当はもっと国民にお披露目しないといけなかったのでは?」


「愛花が辛そうだったからね。早めに切り上げた。残りのことは私の秘書がなんとかするから心配ない。それより君の部屋に行ってもいいかな?」


「はい。それは構いませんが‥」


私は戸惑いつつもアベルに手を引かれて自室に戻ってきた。


アベルは部屋の前で待機していたライザに向かってお茶と甘いものを用意するよう伝えてから部屋に入ると私とソファに座り、両手を包み込んでくれた。


「震えているな。よほど緊張したのだろう。君には酷なことをさせてすまなかった」


アベルはそういうと私の目元を指でなぞる。


「泣いてはいなかったようで安心したよ。知らない世界に突然呼び出されてさぞ困難していただろうに、君は強い子だね」


アベルにそう褒められると我慢していたものが一気に溢れ出して、突然涙がポロポロこぼれ落ちてきた。

するとアベルは私をそっと抱きしめて頭を撫でてくれた。

そこで私はようやく実感したのだ。

もう戻れないことを。

それがわかると涙がとめどなく溢れてきて止まらなかった。

アベルの服が私の涙で湿っていく。

それでもアベルは私を優しく包み込み、頭を撫で続けてくれた。


しばらくそうしていると私も気持ちが落ち着き、アベルにお礼を言った。


「あの、王様、ありがとうございます。泣いたら少し落ち着きました」


「アベルと呼んでくれ。これから伴侶になるのだからね。愛花」


伴侶になる。

そのことが私はまだ消化し切れていなかった。


「あの…そのことですけど、私まだ結婚とか考えられなくて…すぐにしないとだめなんでしょうか?」


「ああ。戸惑って当然だ。慣習では明日婚姻の儀が行われることになっている」


「明日ですか!?そんな急に…困ります」


私は困惑した。いつかは婚姻となることはわかっていたけどそれがまさか明日だなんて。心の準備もできていないのに。婚姻したらもう後戻りできない気がして私は動揺した。


「安心してくれ、あくまで儀式だけだ。私は愛花の気持ちが固まるまで君に無体なことは一切しないと約束しよう。もちろん妃としてのお役目はやってもらわないといけないけれど、それもなるべく減らすよう調整するから、安心してくれ」


アベルはそういうと私の頭を撫でた。

どこか切なそうな優しい笑顔で。


「アベルさんは不満じゃないんですか?私みたいな普通な子が妃になるなんて…」


「愛花は一目惚れを信じるかな?私は一目見た時から君に恋をしているんだよ。だから愛花を守りたいし、愛している。信じてもらえないかな?」


私は動揺した。私に一目惚れするなんて、そんなことが本当にあるのだろうか。

だがアベルは誠実そうな人。きっと間違いなく私のことを好いてくれているのだろう。

知り合いのいないこの世界で、私のことを好いてくれていることが頼もしかった。


「あの、私はアベルさんのこと知らなくて、結婚とかも考えられないけど、でも。前向きに考えてみます。アベルさんのことを好きになれるように」


そういうとアベルがとろけるような笑顔を向けてくれる。


「嬉しいよ愛花、今はその言葉だけで十分だ。私は君に愛してもらえるように努力するから。どうか私を愛してくれ」


そうして手をつなぎ合った時だった。

控えめに扉がノックされる。


「入れ」


アベルがいうとライザがお茶の準備をして他の侍女と一緒に部屋に入ってきた。


「歓談中に失礼いたします。お茶の準備をさせていただきます」


そう言って美味しそうなお菓子をテーブルに並べ、いい香りの紅茶をカップにそそぐ。

その途端私のお腹がクウとなってしまったのだ。


「恥ずかしい。ごめんなさい。ちょっとお腹が空いていたみたいで」


「ふふ。可愛らしいお腹の音だったね。さあ、遠慮せずに好きなものを食べなさい」


そう言われて私はテーブルに並べられたお菓子を見る。

クッキーにスコーン、1口大のプチケーキやタルト。

どれも美しくて美味しそうだった。


私はその中で一番大好きなチーズケーキのタルトをつまんでパクリと食べる。

口の中でとろけるチーズ生地とホロリと崩れるタルトが絶品だった。


夢中で1つ食べ終わるとアベルがくすくす笑いながら私の口元を拭う。


「よっぽどお腹が空いていたんだね。クリームがついていたよ」


そう言ってペロリと拭ったクリームを舐めたのだ。


「アベルさん!やだ。恥ずかしいです」


私が恥ずかしがるとアベルは嬉しそうに言う。


「恥ずかしがる愛花も可愛らしいね。さあ。もっと食べて」


そいうとアベルもクッキーに手を伸ばして一口齧った。

私は紅茶を飲みながら観察していると、アベルはクッキーばかり手にとっている。


「あの、アベルさんはクッキーがお好きなんですか?」


私の問いかけにアベルはふふと笑って答えた。


「ああ。バレてしまったね。子供の頃からクッキーが好物なんだ。愛花はチーズタルトが好きなのだろう?」


「ええ。あの、もし迷惑fでなければ今度私の手作りのクッキーをご馳走したいのですがいいですか?」


「君の手作り?君はクッキーを作ることができるのか?」


「はい。元の世界ではよく作っていましたから」


私はそこでまた元の世界のことを思い出して切ない気持ちになっていた。

アベルはそれに気づいたようで、私の手をそっと握って言った。


「では今度ご馳走してくれ。君の手作りならきっと美味しいだろう」


私はその言葉で嬉しくなった。

アベルが私がしたいことを否定しなかったから。

(お妃が料理なんてとんでもない!って反対されるかと思ったけど、アベルは許してくれた。それが嬉しい)


私はしばしの間、これから起こる怒涛の日々をわすれてアベルとお茶を楽しんだのだった。

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魔法少女が異世界に召喚されたらただの変身マニアになって王様から溺愛されています 青野きく @aonokiku

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