小さな巨人と大げさな話
@sanryuu
巨人誕生
引越ししたての部屋のような違和感、とでもいうのだろうか。あるいは新品のパジャマに初めて袖を通した時の感じともいえるかもしれない。
今の自分を言い表すと大体そのような感想になる。
自分であって自分じゃない。自分じゃないが、自分ではある。
自分は卵なのか、それとも鶏なのか。
モラトリアムだね。違うか。
まあ要するに筆舌に尽くしがたいのだ。何せこのような体験は体験した事が無ければ聞いた試しも無かったのだから。
とはいえ、仮にこのような体験をした人が近くにいたとして、きっとその人は聞かれたところで口に出そうとはしなかったであろう。
何故か。
あなたは前世を覚えていますか? と聞かれ、覚えている上に俺は別の世界から来た推定年齢20代前半の若者でどうのこうのなんて言い出したら、その人は救急車を呼ばれ、あれよあれよと隔離病棟で集中治療を受けさせること請け合いである。
で、あれこれなんやかんやと言葉をつらねたが俺が言いたいのは
記憶の最後にあるのは、仕事疲れで一日中何もする気の起きなかった休日で無益なネットサーフィンに耽っていた、どうしようもない程愚かな自分の姿である。
ダラダラポテチをつまみながらスレッドを流し読みしあはあは笑い、うつらうつらと瞼が重力の存在を思い出して徐々に下へと下がってゆき、一度意識が深淵へと落ち、バっと気が付けば、景色は激変。
俺は皆慣れた自室ではなく、古臭い作りの部屋の中で立ち尽くしていた。
見慣れない景色。感じた事の無い空気。そして全身から感じる新品の衣服で塗り固めたかのような違和感に、俺はすっかり圧倒されて、何も考えられなかった。
見慣れない新しい古ぼけた天井を見上げながら、しばしの間途方に暮れていた。
これは夢なのだろうかと漠然と考えながら頬を抓ってみるが、痛いだけで、目の前の景色をかき消してくれはしなかった。
VRの線も辿ってみたが、有り得ない事だと一蹴した。何せ家にVRの装置は無いし、仮にあったとしてもまだ俺は3しか持っていないからVRを持っていたって意味が無いんだ! 世間じゃ既に5が出回っているというのに!
畜生! それもこれも、仕事という悪しき風習が世に未だ蔓延っているのが悪いんだ! 我々人類だってこの地球という大自然に生きる一種の生物でしかないのだ。他の生き物はやるべきことをやったら基本的に無駄な事はしない。人間だけがあーでもないこうでもないと。俺たちだって同じ動物でしかないのにさ!
閑話休題。
俺が動き始めたのは、母親と思わしき女性に声を掛けられた時だった。
『ウディ』
彼女は確かにそう呼んだ。
初めにそう呼ばれた時、俺は誰が呼ばれているのか分からなかったから、馬鹿みたいにきょろきょろと辺りを見回してウディ何某とやらに該当する人物を探したのだが、頭頂部を人差し指で突かれながら、耳元で同じ名を聞かされれば、嫌でも自分がウディ何某であると気付かされた。
俺の母親と思しき人は、何とも言えないような平凡な見た目だった。転生したのだから次こそはと期待したものだが、そんな失礼なこと考える奴が素晴らしい見た目の人から生まれ落ちる事などできようはずも無いのだ。
まあ人間として生まれられたのだから、それで良しとしよう。
さて、声を掛けられたのならば、礼儀作法としては返さねばならない。
俺はいささか緊張しながら今世の母親に向き直り、渾身の挨拶を決めた。
「だな
いん」
?
「どうやって発音してるんだいそれ? 変な子だねぇ」
酷い言い草である。何より心底変なものを見るような目つきをしているのが見過ごせない。
全く訳が分からない状況に捨て置かれ、あまつさえこのような仕打ちとは。
怒りのエンジンはすでにフルスロットル。俺は衝動の赴くままにキーを入れ、アクセルを踏み込んだ。
こうなったらもう止まらない。誰にも邪魔させない!
怒りの暴走列車と化した俺は猛然と突き進み、手始めに抗議の一つでも言ってやろうとしたのだが、首根っこを引っ掴まれ、抵抗も空しくあれよあれよと外へと連れ出されてしまった。素晴らしいお手並みである。感服した。思わず脳裏で拍手を一つ。
初めて見た外の風景は、某生物災害の4番目のタイトルの様だった。
つまり村。村である。それも、中々の寂れ具合である。
人はいるが、活気が無い。
大人たちはみな仕事に精を出しており、時折立ち止まったかと思えば苛立たし気に唾を吐いていた。
子供たちの声が聞こえるが、ここから結構な距離の離れたところでグループではしゃぎまわっていた。混ざりたいと思いはしたが、首根っこをふん捕まれた状態では駆け寄る事すらできなかった。気分は出荷されゆく家畜である。遠ざかってゆく故郷に涙を忍ばせながら、我らはたださみしくモウンと鳴くしかないのである。
無抵抗で引きずられてはや数分。唐突に前方にぽいと放り投げられた。
突如として感じる浮遊感に内心パニックになるが、体の方は無意識の内に態勢を整え、そして猫科の動物めいて音も無く着地した。
「おぉ……」
自分でやった事なのだが、他ならぬ自分自身が一番驚いた。
自慢ではないが、俺はそこまで運動神経の良い方ではない。動体視力が良くなければ反射神経も悪い。机から落ち行くスマホをただ目で追う事しかできず、手でつかむなんて以ての外。
そういう背景があったからこそ、俺はこのニューボディーがかつての自分では考えつかない程のバランス感覚を持っていることに感動していたのだ。
この新しい体は、中々に高性能なようだ。
腐らせたくないとしみじみ思う。前世のように贅肉を抱えたりなんかしないぞ。ほんとだぞ。ウソじゃない。見たまえこの曇りなき瞳を。
「何やってんだいお前」
「人体の神秘に感動しているのですよ母上」
俺の返答に、母は話にもならんとばかりに天を仰ぎ、手に持った子供用の鍬を俺に向かって無造作に放ってよこした。
「? 母上?」
「お~いあんた、連れて来たよ」
「あぁ……」
疑問符を浮かべる俺をよそに、母は話は終わりとばかりにこちらに背を向け、おそらく旦那と思しき男性に(これまた特徴のない、何とも言えないような顔立ち)話しかけていた。
父は母に連れてこられた俺を忌々しそうにひと睨みし、「さっさとやれ」と吐き捨てると、去り行く母に手を振りながら黙々と土に鍬を叩きつける作業に没頭した。
「──―」
俺は、視界に入れたくも無いとばかりにこちらに背を向けて畑を耕す父を茫然と見つめながら、この不当な扱いに絶句していた。
いくら何でも扱いが雑すぎる。とても子供に対する親のすることではない。
俺だからよかったものの、この様な事を普通の子供におこなったら、不良まっしぐらである。15の夜に盗んだバイクで走り出すこと請け合いである。窓ガラスも割っちゃうぞ。
しかしまあ何というか、自然である。
こう、まるで普段通りというか、何度もやっているという感がひしひしと出ている。どうも俺がこのような扱いをされることは、この世界の日常の一部のようだ。だって周りの大人たちや手伝っている子供も、こちらをチラ見しては忌々しそうに舌打ちしたり唾を吐いたり、わざとらしく目を逸らしたりしているのだから。
何なら陰口もたたかれているようだ。
ひそひそと聞こえる小声に、何とはなしに耳を澄ませる。
風の音や、周囲の作業の音に遮られて断片的にしか聞こえないが、概ねそんな事が聞こえた。
ていうか3歳? 3歳と申したかそこの大人よ。
俺の視線に気がついたのか、彼らはこちらをひと睨みし、むっつりと黙り込んではまたぞろ手を動かし始めた。
俺は彼らに会釈すると、同様に手を動かしながら考える。
3歳。我が新ボディーは3歳らしい。
なんてこったと思った。
俺は自分の歳をてっきり5歳くらいかと思っていたのだ。だって近くを通ったその位の子供と俺の身長は俺の方がやや高かったのだから。
なる程、と俺は得心した。
確かに3歳程度のデカいガキが、大人と同じような口調で語りかけてくる様は不気味という外ない。
ただ、それだけだとここまで扱われる理由としては弱い気がするのだ。
他にももっと何か理由がある気がする。それも根本的な理由が。
俺のその疑問はすぐに解消された。
「お~い、落ち葉、掃き終えたぞ~!」
「あぁ、だったらさっさと燃やしちまおうぜ。寒くてかなわねぇや」
というと、掃き掃除を終えたばかりの少年はおもむろに落ち葉に山に手をかざしたかと思えば、呪文めいた言葉を一つ呟いた。
『ファイヤ』
すると、少年の掌から赤々と燃える炎が飛び出し、引火した落ち葉の山はたちまちメラメラと燃えだした。
これにはびっくり仰天だ。開いた口がふさがらず、目が点になり、燃える落ち葉の山を凝視してしまった。
それでようやく合点がいき、次の日に村長の家に忍び込んでこの世界の歴史書を読み、確信した。
この世界にはスキルという物がある。
しかしそれは何も神様から与えられもうした尊く神聖なものという訳ではなく、200年ほど前に人類が使用していた魔法という技術の発展形という位置付けのようだった。
良かった、と思った。
仮に前者だったら、俺はこの世に自己を確立した時に憤死していたに違いない。
そしてこのスキルというものだが、200年以上前の人々がもっと魔法を簡略化したい! という簡便化の末にたどり着いたものだという。
初めの内は自分で習得する形式をとっていたのだが、200年という長い月日をかけて、大人から子供まで身に着け続けた結果、一々練習せずとも身に染み込み、何か勝手に発現するように人々が進化していったという。
今までは修行や何やらで習得して言った技術を、現在の人々は年齢の経過で自然に使える技や技術が増えていくというのだ。
つまりレベルアップで一定ごとにわざを覚えてゆく、某ポケットでモンスターな生き物たちと同じような感じだ。
無論昔ながらの修行でも技は覚えられるし、スキル書といういわゆるわざマシン的な要素でも簡単に習得できるとのことだ。
だが、人類がそのようになってからまだ日が浅いためか、時折一切スキルを習得できないバグ個体が出てくるのだという。
なので俺は場に出てもわるあがきしかできないのだ。幽霊には手も足も出ない。虫は個人的に好きじゃないのでそっちにも手も足も出ない。
恐らく今はそういう個体を淘汰している時期なのだろう。
スキルを覚えられない個体は即座に間引くか、俺のように使い潰すなりして子孫を残さない様にすれば、いずれこの世はスキルを覚えられる個体しか残らない。
そもそもどうやってスキル無しとスキル有を判別するかという疑問は、念じたとたんに出てきた半透明のディスプレイめいた物体が教えてくれた。これもまた人類の200年の積み重ねが生み出した『スキルカード』という悪夢じみた叡智の結晶である。
これにより人々はその者の持つスキルを目視でいつでも確認、把握できるわけなのだ。
しかしこのカード、当然個人情報の中でもトップシークレットなので、よほどの事が無ければ他者に見せることは無い。その人のカードを他者が見るときは、基本的に生まれた時にスキルを確認するときくらいのものだろう。本にはそう書いてあった。
尤も、スキルの欄が空白のこちらには何ら関係のない話なので、早々に頭の端のこの話題を追いやった。
そもそも見せないんだったらなおさらスキル持ちとそうでない者との見分けなんてつかないじゃないかという疑問が生じたが、これは我が両親が懇切丁寧に教えてくれた。
曰く、持っていない奴は一目見ただけで分かるそうだ。ぱっと見ただけで、俺に何かが欠落していると、彼等は直感するらしい。
そういうものなのだろうか?そういうものなのだろうな。
あれこれと基本的な知識を学び、色々考えて、まあ今はそういう時期なのだと納得した。理解もした。受け入れはしないが。
状況は最悪だが、最低ではない。
少なくとも肉体を欠損する様な虐待は受けていないし、体は頑丈で、スキルは無いが、それを動かす魔力はあるようだという事も昔ながらの魔法の訓練法の本を読んで分かった。
今後の方針は、漠然とではあるが、立った。
取り合えず他者と対立せず、己を鍛え上げ、そして生きて、生きて……まあ、とりあえず今はそんなところだ。
今は生きる事だけを考えよう。目標や目的なんぞは二の次だ。
尤も仮に目標や目的があった所で、達成できることは無いだろう。物臭だもん俺。
知らん顔して、村長の家から堂々と出る。
途端に晒される、周囲からの悪意に満ちた視線を、俺は堂々と受けた。
別に慣れた訳でも、その視線を快く思っているからとか、そういう訳ではない。
ただ、開き直っただけである。
だって今はそういう時代で、この世界はそういう世界なんだからね。
俺の隣を、溌剌とした子供たちが、風のように走り抜けた。
冬の訪れを感じさせる寒い空気を切り裂いて、彼らは仲間たちと混ざり合い、手を取り合って、村の外に広がる森の中へと消えていった。
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