第6話

 一生分の涙を使い切ったんじゃないかというほど泣いいたあと、立花くんがそっと私の手を握った。

「……なに?」

「繋いでもいい?」

「もう繋いでるけど?」

「…………」

 しゅんとした顔をして、立花くんは私の手を離した。

「え、なに。なんかいつもと違くない?」

「そ、そりゃ恋人同士なんだから、今までとちょっと意味合い違うじゃん」

「そうなの?」

「そうだよ!」

 顔を真っ赤にする立花くんを見て、私は思わずくすりと笑う。

「……爽」

 ぴく、と立花くんが肩を揺らす。

「……って、名前で呼んでもいい?」

「へ……」

「だって私たち、付き合ってるんでしょ?」

「あっ、う、うん。そう。じゃあ俺も、宝生のこと名前で呼ぶ」

「うん」

「えっと……陽毬……ちゃん?」

「陽毬でいいよ」

「……陽毬」

 立花……くんじゃなかった、爽の顔がみるみる茹でダコのようになっていく。

「爽ってば、意識し過ぎ」

 からかうように言うと、爽は耳まで真っ赤にして反論してきた。

「だ、だって初めての彼女なんだから仕方ないだろ! なんだよ、俺ばっかり……」

 拗ねたように唇を歪ませる爽を見て、私はさらに笑う。

「ねぇ、爽」

「なんだよ!」

 まだからかわれると思ったのか、爽は食い気味に振り向いた。まだほんのりと赤い顔をした爽のほっぺに、私は一瞬触れるだけのキスをして、微笑みかける。

「……ありがとう。私を選んでくれて」

 こんな気持ちになれる日が来るなんて、夢にも思わなかった。

 朱里を死なせてしまった私は、一生この十字架を背負って、朱里の代わりに生きていかなきゃならないんだと思ってた。

「爽がいなかったら私、死んだままだったよ」

「…………」

 爽はぽかんとしたまま、私の声に反応しない。

「……爽?」

 おーい、と顔の前で手を振ると、ハッとした顔をした爽と目が合う。

「ちょっ……今、なにした!?」

「なにって、お礼を言ったんだけど……?」

「その前!」

「その前……は、キス?」

 言葉にすると、爽はわなわなと唇を震わせた。

「な、なんでいきなりそんなことすんの……!?」

 なんで、と言われても。

「したくなった……から?」

 首を傾げつつ答えると、爽はその場に座り込んだ。

「えっ! ちょっと爽!?」

「陽毬のバカ……俺が先にしたかったのに」

「分かったよ。もうしないよ」

「それはやだ!」

 爽は、若干食い気味に言った。

「どうすりゃいいのよ……」

 爽は無言で立ち上がると、そっと私を腕を引いた。

「なに……」

 顔に影が落ちたその一瞬。

 唇に、柔らかいものが触れた。

「…………」

「唇は、俺が先!」 

 ふふん、と得意げな顔が目の前にある。一瞬放心した心が戻ってきてすぐ、私はバッと爽から離れた。

「いっ……いきなりなにするの!?」

「仕返しだバーカ」

 さっきまでの動揺はどこへやら、爽はいたずらっ子のような笑みを浮かべて、私を見ていた。

「帰る!」

 プリッと怒ったふりをして、私は公園を出る。

「ちょっ……え? ま、マジで怒ったの? ごめん、もうしないから怒んないで。マジでごめんってば」

 慌てて私の機嫌をとろうとする爽がおかしくて、私はバレないように小さく肩を揺らした。

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