第5話

玄関から校門にかけて青春を満喫している生徒は見当たらず枯れた風が吹いている。部活動ともいえない無駄な時間を過ごした後、創一いつもと比べ孤独を増長させる雰囲気に浸りながらスケボーを抱え歩く。

しかし、それを台無しにしてしまう人影が校門の脇にポツンと一人。

ウェーブがかかった茶髪に制服を軽く着崩し、派手になりすぎない洒落たその姿は間違いなく、姫川桜という生徒だった。

悪目立ちし日陰者になった創一にとっては関わりたくない手合いであるため、彼女が携帯端末に視線を落としているうちに彼は校門を通り過ぎようと急ぐ。


「ちょっと、待ってよ」


しかし、それも空しく姫川桜は創一に声をかける。

だが、彼は視線も向けずにスルーしそのまま素通りしようとする。


「どうしてスルーするの?」


「わぁ、ごめん。気づかなかったよ」


「……嘘つき」


創一の前に立ち塞がった姫川は頬を膨らます。

この二人の関係はといえば、何度か会話を交わしたことがあるだけで特に親しくなるような出来事があったわけではない。

出会いは何時の日かの昼休みのこと、創一が一人で昼食をとる場所を探していた時に、校舎裏辺りに苦悶の表情でうずくまっている彼女に手を差し伸べたのが始まりだ。

もしも命に係わることであればと、それを無視できるほどの度胸はなかったため彼は彼女に話しかけたのだ。

その際は彼女から大丈夫だと伝えられ、時間が経つにつれて顔色も良くなったため、何事もなく終わった話だったが。

その後、なぜか創一は彼女から一方的に話しかけられる機会が多くなっていった。

どこにでもあるような親切を一度だけ振り撒いただけなのに、これは不審だと理由を問いただした創一だったが、暇だから、と要領を得ない回答でのらりくらりと避けられるのみ。

彼とは住む世界が違うような洒落た格好をした彼女がわざわざ関わってくるなんて、それこそリア充たちが興じる罰ゲームとしか考えられない。

彼にとっては本当に、なぜこのような人間と関わるのか不気味で仕方がなかった。

だからこそ、彼は毎度こうして突き放すような態度をとっているのだが、今のところ効果は現れていない。

今回も創一は精一杯の嫌悪感を伝えるために顔を歪ませる。


「なに?トイレでも我慢しているの?」


「ん、ああ。今にも吹っ飛びそうなんだ。早く帰らせてくれ」


表情のチョイスが明らかに間違っていたようで別の意図があると解釈されるが、これはこれで好都合だと、彼女の言うことに素直に肯定する。


───年頃の女性にとってシモの話は避けて通りたいものだろう、さぁ、道を開けるがよい。


「ここで待っておくから戻って済ませてきなよ。我慢はよくないよ」


驚き、避けるどころか真面目に受け取るなんて、なんてできた娘なんだと感心する創一だったが、それはこれから彼女の予定に付き合うことが決定しているかのような図々しい物言いだとすぐに気づき警戒心をより一層高める。


「いや、嘘だ。全部、お前を避けるためにやったことだからな。そんな訳で、お願いですから帰してください」


「こんな美少女に迫られて、なにが嫌なのさ」


「以前も言ったが、無条件ですり寄ってくる奴なんて恐怖でしかない上に、自分を美少女なんて言うやつはロクでもないと相場が決まっているんだ」


「ろくでもないってことは、ななかはちくらいかな」


「おぇ」


厄介事は避けるに限ると語気を強める創一だが、意に介さないようにくだらないギャグを飛ばす姫川。


「大体、これだけ強く拒否しても近づいてくるなんて、お前は変態なのか」


「たまには刺激も必要でしょ?ずっと同じグループにいても退屈だからね」


―――つまりは、リア充グループで過ごすのは飽きたから別ジャンルの人間と付き合ってみたい、ということか。


彼女の思いに理解を示すが、そんなことに付き合う気は毛頭ない創一。


「他をあたってくれ。ほら、あそこのくたびれたおっさんとか適任だろ?刺激たっぷり、脂の乗りも最高潮だ」


校門前の通路を歩く下を向いたサラリーマンを指さす創一。


「無理。ね、こうやって話してる時間も無駄だし、今日だけでいいから、お願い!」


余計な変化を望まない彼にとって放課後に同じ高校の女子と共に過ごすなど、真っ先に避けなければならない状況。

しかし、これ以上ここで言い争っても埒が明かないと判断した彼は、これならいっそ、彼女の用件をぱっと済ませて終わらせたほうがいいのかもしれないと考える。

ちょっとした友達付き合いでも創一は神経をすり減らすというのに、はっきり断れないのは彼のさがであった。


「はいはい、わかりましたよ。変な噂を流されても、知らないからな」


「平気よ。あたしは困らないから」


その言葉を勘違いし、少しだけ心臓を高鳴らせてしまう創一。

しかし。


「あたしとあんたの発言、世間様はどっちを信じると思う?モテない男のあんたに頼まれて、聖女であるあたしが付き合ってあげたとでも言えば問題ないでしょ」


「い、いや、俺みたいな腫れ物と一緒に過ごしたって事実がだな、お前の―――」


「ほら、付き合ってくれたら悪いようにはしないから、いこっ」


少しだけ期待してしまったことに情けなさを感じた創一は、せめてもの抵抗で言葉を紡いだが、それを無視して、姫川は創一の左腕を掴みぐいぐいと引っ張る。


―――ああ、世の中の男性諸君、ここまで誘われて断ることのできる男がどこにいるだろうか、いや、いない。


素敵な青春を経験したことのない彼は、女性との身体的接触を振り払うこともできずに、そのまま自分に言い訳をしながらずるずると引っ張られていった。



数十分ほど歩いた後。

老若男女が行き交う街の中心の栄えた通りではなく、そこから外れた道にある寂れた商店街に二人は足を踏み入れる。

創一にとって、人混を避けられることに越したことはない。。

しかし、安堵も束の間、到着したのは商店街の一角にあるファンシーなぬいぐるみ専門店だった。

店名はギョロメちゃんのお家。

ショーウインドウと入り口の扉には閉店セールのお知らせが掲げられている。


「男をこんなところに連れてくるなんて、さては辱めるつもりだな」


「今時そんな古い考えは通用しないよ。……それに、お客さんなんてほとんどいないし」


創一はショーウインドウから店内を覗き、客が二人ほどしかいないことに気付く。

しかし、男子高校生にとって、客が少なかろうとこのような店に入るのは躊躇われるものだ。

                   

「悪い。俺、ぬいぐるみアレルギーだったわ」


「ここまで来て逃がすとでも思っているの?」


その威圧的な眼光に逆らう方が余計面倒くさいことになると察した彼は素直に従い店内に入る。

そこは、縁遠い暖色系の空気の中、別段特徴もない犬や猫、鳥など様々な可愛らしいぬいぐるみが並んでいる場所だった。


「どう?」


「普通だな」


「わかっちゃいないわね」


目当てのものがあるのか、周りの商品には目もくれず進んでいく姫川。

独りになるのも心細い創一はそのまま彼女について行き、途中で気になる商品に目を止める。


「ん?なんだこれ」


そこには、周りのかわいらしい雰囲気に似つかわしくない目が据わった灰色の動物がいる。


「それはチベットスナギツネのチベタンね。こう見えても人気があるんだから」


「へぇ、変わったやつらもいるもんだ」


―――チベタンか。


そのぬいぐるみと目を合わせるうち、段々と心惹かれていく創一。

しかし、彼はその値札を確認してみるが、とてもじゃないが高校生が簡単に支払えるような額ではなかった。

ここで創一に電流走る。


―――もしも彼女が俺の財布を目当てにしているのであれば恐ろしいことになる。


不安になった彼は姫川に話しかけようとするが、彼女はいつの間にか傍から消えており、見回すと目当てのものを見つけたのか、ぬいぐるみを手に取った姫川がいた。

創一は急ぎそこへ向かう。


「それが目当てのものか?」


「うん、オカメインコのオカメちゃん」


「確かにかわいいとは思うが、そんなにいいものかねぇ」


チベタンのように他とは一線を画すような見た目とは違い、何処にでもありそうなぬいぐるみ。

しかし、それを抱える彼女はご満悦の様子。


「これだから素人は。いい?ちゃんと見てなさいよ」


手に持ったぬいぐるみを両手できつく抱きしめる彼女。

その途端、それはぷぇといった間抜けな声を出し、血走った目と舌を勢いよく飛び出させる。

ぶらぶらと垂れ下がる目と舌、これがギョロメといわれる所以である。


「なんだこれ、キモチワルイ」


「これが可愛いいんじゃない」


「……えぇ」


どこからどう見ても可愛いと思えないグロテスクな見た目に、何でも可愛いと言っておけばいいものではないと言いかける創一だが、ぬいぐるみを抱きしめる彼女の様子から流行に乗った浅い言葉ではないと気づき口を噤む。

そして、一段落着いた姫川はぬいぐるみを解放する。


「よし、満足した」


創一は、用は済んだとばかりにさっさと踵を返そうとする彼女に質問を投げかける。


「買うつもりはないのか?」


「結構いい値段がするからね。それに、今は金欠だし。この店が閉まる最終日までにお金を溜めて、また来るつもりだけど」


これを買うから金を出せと言われることを覚悟していたが、彼女はそのつもりはないようで、ほっと一安心する創一。

だが、それならば、ここへ誘った理由がますますわからなくなってしまう創一。


「物色しに来ただけなら、俺がついてくる必要もなかったじゃないか」


「あんたねぇ。もしも一人で来て、ぬいぐるみを抱きしめて帰ったらものすごく寂しい奴に思われるじゃない。そのくらい、察してよね」


「それなら、わざわざ俺を選ぶ必要もないだろうに。あ、もしかして、友達がいないのか」


「友達なら、いるから」


姫川は一瞬だけ複雑な表情を垣間見せるが、彼はそれ以上深堀することもなく、そのまま二人は退店する。


「……見てわかる通り、このお店、閉店するんだ」


「ん?ああ、そうだな」


「ここの店長さん、学校を卒業して本当は介護職に就く予定だったらしいけど、周りの反対を押し切ってこのお店を開いたんだって。だから、こんな寂れた場所で細々と、自分一人の力でやってきたんだけどね。結局、駄目だったみたい」


「……そうか」


「そうかって。世の中に仇なす早水創一さんなら、何か言ってくれると思ったのに」


苦い顔をする創一。

彼はあくまでも自分が常識に染まらないように滅茶苦茶なことをやっているのであって、他人のために義憤するようなタイプではない。

それを察したのか、姫川は商店街を抜けようと歩き出す。

しばらく歩き、創一も早めに解放されて喜んでいたが、それも束の間、姫川から衝撃の発言が飛び出す。


「私も帰る道、こっちだから」


「えぇ……」


帰路が同じ方向だったようで、二人は共に並びながら進む。

特に会話もなく、創一はそこそこ流れる人混みと喧騒に気分を悪くしながら。

そこで、唐突に沈黙に耐えきれなくなった姫川が口を開く。


「……ねぇ。この街並みを見てどう思う?」


「は?」


急な質問と意図を掴めない内容に間抜けな声を出す創一。


「なんとなくでいいからさ。思ったままを聞かせてよ」


このような質問に真面目に答えてしまうと自分の本心まで知られてしまいそうで、創一は適当な答えを探すために立ち止まり辺りを見回す。

道の端に群れを作り談笑する若者たち。

下を向いて歩くスーツ姿の大人たち。

何か過激な言葉を発している宗教家のような人権団体等々。

それらを見て、彼は全くつまらない普通の意見を述べる。


「いつも通りなんじゃないか?ここはあまり通らないが、こんなもんだろ」


「それだけ?もっとこう、皆同じことを繰り返してるなぁとか、こんなことをしていて本当に満足しているのかなぁとか」


「なんだ?自己啓発本にでも影響されたか?」


「茶化さないでよ。純粋な疑問なんだから。友達も教師も、街並みも、いつも同じことばかりで似たような内容を話すだけ。それって、ただの機械みたいで気持ち悪いじゃない」


リア充生活を満喫していると思われた彼女にも社会に対する疑問はあるようで、驚いた創一は少しだけ歩み寄ろうとする。


「ま、自分でものを考えるより、何かで空っぽの頭を埋めた方が楽だからな。そのまま何も考えずに叫んで、共感の海に溺れているのさ。こんな世の中なら、懸命な判断だろ」


頭の中で浮かんだことをそれっぽく並べて口に出す創一。

こんな発言、距離を置かれても仕方がないと思い、それもまた都合がいいとニヒルな顔をする創一だが、彼女の顔は歪むどころか安堵したような表情になる。


「やっぱり、そう考える人もいたんだね。ちょっとだけ、安心した」


世界でたった一人の共感者にあったような言葉を吐く姫川。

普通に生きたいのなら、それは否定しなければならないと創一は口を開く。


「いや、この社会じゃそれに安心する方がまずいぞ。明らかにレールから外れた考えだ」


「……別に、それでもいいよ。あんたも、そうなんでしょ?」


彼は聞き逃しそうになる小さな声に応えることもなく、互いに無言のまま歩き続ける。


「じゃあ、俺、こっちだから」


「え?う、うん」


いつの間にか大通りを抜け住宅街に差し掛かり、いくつも枝分かれした道に到着する二人。

彼女はまだまっすぐ進むつもりだが、彼は右の道に進まなければならない。


「今日は付き合わせちゃってごめんね」


「あ、うん。いや、べ、別にお前の為じゃないんだからな」


初めの態度とは打って変わってしおらしい反応を示した姫川に、どう対応するか困惑した創一は棒読みツンデレで対処する。

距離を置きたい彼は変人と思われた方が気が楽だと考えたのだ。


「ぶはっ。なによそれ、わけがわからないんだけど」


何故か笑う姫川に、やはり彼女とはあまり関わらない方がよさそうだと兜の緒を締めなおす創一。


「はぁ、ほんと、馬鹿みたい。……じゃあ、また明日ね!」


「あ、あー」


明日また会うのは勘弁だと、さみしげな姫川の背中に向け、同意とも否定ともつかない声を出しクネクネと腕だけを動かす創一。


「はぁ」

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俺の歌を聞け たけのこ @takesuno

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