第4話
特に新しい出来事があるわけでもなく、気が付けば放課後。
だが、創一が帰宅しようと席を立つと、ホームルームを終えた高橋先生がこちらへ向かってくる。
「この前話した社会部の件だが、既に設立し手配も済んでいる。今から向かうように」
「え、もう活動を始めるんですか?」
「いや、今日は顔合わせ程度でいいだろう」
「そんな、あまりにも急じゃないですか?もう少し猶予があるものだと」
「善は急げというだろう。まぁ、何か用事があるのなら、そっちを優先してもいいが」
彼に用事がないことは分かりきっているが、それを茶化す担任。
「わかりましたよ。行けばいいんでしょう」
「ああ。ちなみに、顧問は私ではなく比下先生に頼んでおいた」
「ヒゲ先生?いや、てっきり高橋先生が顧問だと……」
「私は既に手芸部の顧問をやっているからな。なに、比下先生は毒にもならず時には薬となる人だ。安心するといい」
ついでに部室の場所が記された構内図を渡され、用は済んだとさっさと教室を後にする高橋先生。
自分の意志とは関係なしに物事が進んでいく様はあまり気持ちのいいものではないが、逃げ道も用意してもらっているので、そう大袈裟に身構える必要はないだろうと重い腰を上げる創一。
部室の場所はは主に文化部が使用する別の棟にあるようで、印されているのは三階の端にある教室。
多目的室とは書いてあるが、今は全く使われていない場所である。
「はぁ」
ため息を一つ、彼はギターを抱え重たい足を引きずり気怠げに目的地へと向かう。
渡り廊下から別棟へ、生徒たちのざわめきは次第に小さくなり三階に上がった頃には静謐に包まれた廊下が彼を迎える。
それを寧ろ気に入った創一は中々居心地がいい場所じゃないかと奥に進むと、社会部部と記された簡素な掛札がある教室に到着する。
中からは物音一つせず誰もいないのかと疑うほどだが、それならば高橋先生が向かう様に言う筈もないと創一は頭を悩ませる。
しかし、意を決した彼は誰もいなければそれに越したことはないと、廊下側の窓から教室内をそっと覗く。
「っ」
思わず、驚きの声をあげてしまう創一。
そこには長い黒髪の女子生徒が一人、中心に寄せられた長机に着き本を読んでいた。
上等な絵画から切り取ったかのようなその光景は夕陽の中で静かに輝いている。
これは、日を改めるべきだろうか、創一がそう悩んでしまうほど、廊下と教室は隔絶されていた。
そうこう迷っている内に彼に気づいた彼女と目が合い、その女生徒はパタンと本を閉じる。
そして、立ち上がり窓際まで近づいてきた彼女は窓を開け、創一に話しかける。
「何か用?」
学年ごとに色分けされた腕章を確認すると彼女は彼と同じ色で間違いなく、上級生でなかった分、創一の緊張が少しだけ和らぐ。
「えっと、高橋先生に言われてきたんだけど」
「ああ、話は聞いているわ。目障りだから、逃げるつもりがないのなら早く入ってちょうだい」
その冷たい物言いに早々に帰りたくなってしまった創一だが、ここまで来て逃げるのも情けない限りだと踏みとどまり意を決して入室し、彼女から離れた入口側の席に着席した。
しかし、そのまま何かが起きるわけでもなく、彼女が本のページをめくる音が淡々と響くのみ。
彼は彼女の様子をちらちらと窺うも、顔の左側を隠すほど長い前髪のせいで表情も見えない。
このまま黙っていると、ここへ足を運んだ意味もなくなるため、再び意を決して創一は口を開く。
「あの、ここって、他にも部員とかいるのか?そもそも、どういう部活か知っている?」
「いえ、私もここへ来るのは初めだから、事情なんて全く知らないわ。高橋先生から強制的に部員にさせられただけだもの」
普通に会話ができたことにホッと胸を撫でおろす創一。
そして、彼女もまた被害者の一人だったのだ。
しかし、その回答から、この社会部がいかに適当なのかを察した彼は、どうして急にこんな部活が設立されたのだろうか、と頭に疑問を浮かべるが、彼女の冷めた態度に疑問をぶつけ話を続ける勇気もなく、二人の間に非常に気まずい時間が流れていく。
顧問の先生が来れば状況も変わるだろうが、いくら待てどもその様子はない。
そして、しびれを切らした創一は口を開こうとするも、先に手を打ったのは彼女の方だった。
「二人ではなにもできないわね」
「え?ああ」
本をぱたんと閉じ鞄に入れたと思えば、そのまま立ち上がり部室を後にした彼女。
なんてクールなんだろうと、創一にしては珍しく他者に対して尊敬の念を抱いていた。
そして、創一も大手を振って部室を後にする。
―――うん、こんな感じの生徒が集まるだけなら、俺でもやっていけるかもしれない。
少しだけ憂鬱さを拭い去った彼は、明日はギターの練習でもやろうかと思いながら校舎を後にした。
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