試練③ 主と従者、上と下

「上へと進んで脱出……いえ、逆に最深部……あるいは別の……?」


 ブツブツと独り言をつぶやきながら、ドーチェがずんずんと洞窟を進む。

 視線は上下左右に落ち着きなく動き、両腕は組まれたままだった。


「ドーチェ様、考え事しながら歩くと危ないっスよ。 いつまた敵が出てくるかわからないんスから」


 【霊体アストラル・ボディ】となって彼女の背中を追いかけながら、勇之介が苦言を呈した。


【霊体】の方が、先程までの【現体ソリタリー・ボディ】でいるよりもドーチェの魔力消耗が少ない。

 その結果、より長い間活動することができ、手がかりも見つけやすくなる——というのが、彼がドーチェから受けた指示だった。

 そう言われたはいいものの、後ろから見つめる勇之介の目からは、前を歩く自分の主がどうにも頼りなく見えてしまった。

 さっき見せた慈愛に満ちた笑みは別としても、やはりその小さな体躯は勇之介のそれよりもはるかに小柄だったからだ。


 ——俺は、この人を守れるのか?

 ——いや守るんだ、どんなことがあっても!

 ——とはいえ、俺もソーンさんみたいに強いわけでもないしなあ……


 そんな彼の心配をよそに、彼女は立ち止まることなく肩越しに返事を返した。


「知らないのですか? 歩いていた方が、考え事はまとまりやすいのですよ?」


 当たり前でしょ、というふうに答えたドーチェに、勇之介が「そりゃそうっスけど……」とこぼした。


「こうやって闇雲に歩き回っても体力を消耗するだけだと思うんス。 俺は今【霊体】でいるからまだ全然疲れてないっスけど……」

「心配してくれてありがとう、ユウノスケ。 ですが、私もまだ大丈夫です。 それに、こうやって考え事をするのは私の性分みたいなものですから」


 ドーチェがフンスと鼻を鳴らしてみせる。

 そんな彼女を見た勇之介は、額を手で覆った。


「じゃあせめて、迷わないように同じ場所を周回するとか、どこかに印をつけてそこを拠点にするとか、色々対処法がある気がするっス」


 勇之介がドーチェの前へと回り、両腕を広げて立ちふさがる。

 しかし、彼女はそんな彼の妨害などものともせず、彼が広げた腕の下を潜ってそそくさと歩き続けた。

 立場上、彼女は彼の上司に当たる。 しかし、それにも限度と言うものがあった。

 堪らなくなった勇之介は、声を張り上げた。


「ちょ、ちょっとぉ! 少しくらいこんな俺の話も聞いて欲しいっス! 俺、心配なんスよ! だって、ドーチェ様に倒れられたら……!」

「戦えない私が敵にやられてしまう、ですか?」

「……!」

「大丈夫です、それもちゃんと考えていますから!」


 それは、勇之介も意図していた返答ではあった。

 勇之介がこの世に存在していられるのは、ドーチェと契約しているからだ。

 その契約は、彼女自身も理解し切れていない程複雑な儀式によって行われており、彼女が死なない限り半永久的に続く。

 とはいえ、勇之介が【現体】、すなわち武器を持ったり、敵に触れて攻撃したりできる状態でいるためには、主であるドーチェのが必要になる。

 勇之介は彼女から、


『魔力は【呪文】を行使する以外に、体力の消耗によっても減少する』


 と、契約したときに説明を受けていた。

 だから彼も、そうならないように気を遣っているつもりだった。 対するドーチェも同じ心持ちでいるはず……そう思っていた。

 しかし……


「そう、その通りっス! でも心配なもんは心配なんスよ!」


 勇之介が、温厚に見えた自分の従者が、自分に向けて声を荒げた。

 想定外の事態に、ドーチェは思わず立ち止まって肩を震わせる。

 そして恐る恐る振り返ると、彼の必死の形相へと目を向けた。


「ユウノスケ……」

「俺だって、自分が戦いのたの字もわからないペーペーで、ソーンさんに全然及びもしないことくらいわかってるっス! それでも俺は、あなたに生かしてもらって、先輩を助けてもらった恩を返したい! だから……!」


 ——もっとこんな俺を頼って欲しいんス!


 ドーチェの鼓膜に、勇之介の叫びと荒い呼気が突き刺さる。

 その様子に彼女は眉をしかめた。

 しかし、ややあって彼女は、意を決したように再び目をカッと見開く。

 そして……


「素直になれ、と私の方から伝えたばかりなのに、なぜだか動揺してしまいました。ユウノスケ、あなたには相当な心配をかけてしまっていたようですね。 ごめんなさい、そして……」


 ……ありがとう。 私も、素直にならなくてはいけませんね。

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