試練④ 戦乙女、戦士を"使う"

「よし、誘導は上々……! あともう一噛みくらいさせてやれば……!」


 すべて片がつく。

 勇之介がそう小声で呟きながら頬を伝った冷や汗を拭う。

 そしてじっと前方のを見据えると、再び『ある構え』を取り直した。


 右の握り拳だけを前へと突き出し、左手は二の腕に軽く添えるだけ。

 その奇妙な構えは、攻撃の機会を窺う相手にとって、かなり『挑発的』だった。

 なぜなら彼の相手が、頭が土壁の天井についてしまう程の体躯を持ち、彼などすぐに蹂躙してしまえそうな『大蛇オロチ』だったからだ。


 確かに、仕切りに細い舌が見え隠れするその大口は、ドーチェが戦った【邪竜ニーズヘッグ】よりも小さく、勇之介の身体を一呑みにするには足りない。

 とはいえ、三日月のように弧を描くその二本の牙を突き立てられれば、そこから肉が食いちぎられるか、運が良くても大量出血は免れないだろう。

 大蛇と遭遇してからの十数分、その二振りの脅威を紙一重で避け続けた勇之介も、そのことを重々理解していた。


 しかし、それでもなお彼は自らの右腕を突き出し、大蛇にチラつかせ続けている。

 もしその右腕目掛けて牙が飛んでくれば、【エインヘリヤル】になって頑丈になった彼でも、『痛い』では済まされないはずなのに、だ。


「さあ、来い……!」


 勇之介が歯を見せて大蛇にニカッと笑ってみせる。

 それが見えていたのかは定かではないが、大蛇は鎌首を後ろに引き、その口をこれでもかと上下に開いた。

 そして……


「シャアアアアアアア!」


 大蛇の首が引き絞られた矢の如く一気に放たれる。

 当然、目指しているのは……


(来た——!)


 勇之介は両膝を軽く曲げて、大蛇を待ち構える。

 二メートル……一メートル……五十センチ。

 大蛇の牙は一直線に、彼の目掛けて飛んできた。

 こうなるのは、これで。 新米戦士である勇之介の目や身体も、大蛇のその単純明快な動きには既に慣れ始めていた。


(後一秒……待って引きつけられれば!)


 そんなことを勇之介が思っているうちに、大蛇の口からの生暖かい息が彼の右腕にかかる。

 その瞬間を——彼はずっと待っていたのだった。


 !!」


 勇之介の合図と同時に、はるか後方の暗がりでパチンと指を鳴らす音が響いた。

 大蛇も、その音を肌で感じてはいたが、すぐに些細なことだと意識から消し、勇之介への突撃を続ける。

 そしてついに、彼の右腕が唾液で濡れるその牙によって捉えられた、かと大蛇は思った。

 しかしその口は——なにもない虚空を噛んだ。


「シュル……?」


 確かに噛みついたはずなのに、というふうに狼狽えた大蛇は首だけを動かし、目でもギョロギョロと周囲を探った。

 やがてその紅い双眸は、勇之介の姿を見つける。

 それまでいたところからはるか後方……暗がり近くにいるのを。


「フシュルルル……」


 大蛇が呼気による低い音を出しながら、忌々しげに目を細める。

 その姿勢のまま、再び彼にかみつこうと首を後ろに引いた。

 しかしもう、その大口が大蛇の意思で開かれることはなかった。

 なぜなら……


「グギャァァァ!?」


 突如大蛇の口の隙間から閃光が漏れ出し、ややあって大蛇の全身を震わせる程の爆音と共に、その口から炎と黒煙が起こった。


「グ、ググ、グギャア……?」


 大蛇は自分の身に何が起こったかもわからず、ただ茫然と空を見つめながら煙突のように口から煙を吐き出し続ける。

 その隙を、暗がりにいた彼女——勇之介の主であるドーチェは見逃さなかった。


「【紅き閃光、渦とならんファイアーボール・ライオット】!」


 彼女の掌から放たれた豪炎の火球が目前まで迫ったとき、大蛇は気づいた。

 自分は彼女の掌で、あの男と踊っていただけだったのだ、と。

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