試練② 疑わしきは……

「……最初の話に戻るっスけど、ドーチェ様はここに連れて来られた理由になにか心当たりがあるんスか?」


【光】を左手に乗せながら先を歩くドーチェに、勇之介が尋ねる。

 ドーチェは顎に指を当てて数秒思案したのち、「あくまで私の考えですが」と断ってから話を始めた。


「私は、あの【蛇神へびがみ】ヨルが私たちに『試練』を与えたのだと考えています。 例えば、私たちをここに閉じ込めることで否応なしに協力させる——それを試練とし、彼のお眼鏡にかなえば出口が開く、とか」

「試練?」

 

 勇之介が眉間に皺を寄せながら聞き返した。


「先程私が述べたように、彼がもし私たちを人質にしたいのなら、身体の自由を奪ってどこかに閉じ込めておくのが普通でしょう。 もちろん、持っていた装備も奪って。 しかし、実際はどうです?」

「さっきお借りした小剣やリュックサックもそのままだし、結構自由に動けてるっスね……」

「そうでしょう?」


 自分の身体をしげしげと観察する勇之介に、ドーチェはしたり顔で頷く。


「でも、そうやって油断させておいて疲れたところを後ろから……みたいなことにはならないっスかね?」


 勢いよく自分の両肩に抱きつく勇之介に、ドーチェは苦笑気味に首を振った。


「彼の話を聞いていた限り、彼がそのような邪道を好む神とは思えません。 もしそうなら、花蓮の話をあんなに親身になって聞かないのでは?」

「そ、それは、御剣先輩が彼ので……先輩がその、だから……」


 そう言って勇之介が食い下がる。

 そんなヨル憎しの反論を続けそうな彼に、ドーチェはフフと笑いかけた。

 意固地な子供を『仕方がないわね』と宥めすかす母親のように。


「そうですねえ……でもそうなると、あなたが愛した花蓮は既にそのよこしまな彼の手中、ということにはなりますが?」

「えっ」


 虚を突かれた勇之介に、ドーチェが畳みかける。


「だって彼は、油断を誘い疲弊させてから獲物を襲うのを好む、それがあなたの主張でしょう?」

「そ、それは……」

「順序が逆ではありますが、今の彼女は精神的に疲弊しています。 そこに神社に祭られる神として彼女の心に入り込み、油断させる。 そして最後に、後ろからペロリ! あなたの意見とも合致します!」

「ぺ、ペロリ……」


 勇之介が自分の口元に手をやり、ゴクリと唾を飲み込む。

 もちろん、花蓮を生贄、食事として扱う意味での『ペロリ』もあり得るだろう。

 しかし、少し前まで高校生だった勇之介が想像したのは、全く別だった。

 その想像——ヨルと花蓮の間で行われたであろう桃色のを想像した彼の顔は、耳まで真っ赤に染まる。


「んん? となると、あの夜に彼女を攫ったも、彼が操っていたとしたら更に辻褄が……」

「わかったっス! わかったっスから!」


 慌てて言葉を遮る勇之介に、ドーチェが「なにがですか?」とわざとらしく小首を傾げた。


「あの神社は元々、霊験あらたかな神社で、「ペロリ」とか「パクリ」とか、そんないかがわしいところじゃあ絶対ないっス!」

「? どうしてそう言い切れるのです?」


 意地悪く目を細めるドーチェに、勇之介が口ごもる。

 しかし……


「それは! 花蓮先輩がその神社の巫女で! 彼女はそんないかがわしい真似、する人じゃないからっス!」


 勇之介渾身の主張が土壁に伝わり、天井から水の雫がピチョンと地面に落ちた。

 主張を終えて青息吐息な勇之介の肩に、ドーチェの手がポンと乗る。


「そう。 あなたの愛した者が、そんないかがわしい神に誑かされるわけがない。 逆を言えば、そんな彼女が心を寄せるあの神はいかがわしいものではない、と言えますね?」

「うう、そうっスね……」


 顔を紅くしたまま顔を伏せる勇之介の肩を、ドーチェはその小さな手でそっと撫であげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る