留守番 ④ 戦乙女の報告


「……ウルスラ、だと?」


 その名前を聞いたタイラーの目が鋭くなり、眉間にも深いしわが寄った。

 それもドーチェが納屋での学びを報告するのを聞いて、上機嫌でお茶をすすっていたのに突然、だ。


「は、はい。その方は、タイラーさんとは腐れ縁だとおっしゃっていました……」


 眉間のしわがさらに深くなる。

 また余計なことをしてしまったのだろうか。 そう思った彼女は、あの時と同じく深々と頭を下げた。


「申し訳ございません! 留守を預かっていながら、私……」

「違う、俺はその女に怒っているんだ。 すぐに謝るな、自分を弱くするぞ」

「は、はい……」

「そんなしょぼくれた顔もしてくれるな、食事が不味くなる」

「は、はい!」


 ドーチェは、気分を落ち着かせようとお茶に口をつけた。


「それにしてもアイツめ、俺に会いに来たなどと噓をつくとは……」

「えっ……」


 タイラーのぼやきに、ドーチェが反応する。


「ん、ただの独り言だ、聞き流してくれ」

「ですが、あの方が嘘をついていたなどと聞いてしまったら……」


 気になってしまうのもしかたがない。 それが仲良くなろうとしていた人なら尚更だ。

 タイラーはひとつため息をつき、仕方なく話し始めた。


「確かに、ウルスラと俺とは、古くからの仲だ。 “俺のことならなんでも知っている”とアイツが嘯くくらいには、な」

「腐れ縁で、タイラーさんのことをなんでも知っている……」


 そこでドーチェが、「あっ」と何かに気付いて声を上げる。 それにタイラーが頷いて肯定した。


「そう。そんなやつが、俺の出かけている時間を知らないはずがないだろう?」

「では、ウルスラさんは何をしにここへ?」

「恐らく、お前の様子を見に来たのだろう。 ここに無事来られたかを、な」

「えっ、私のことをですか?」


 唐突に自分のことが出てきて、ドーチェは驚いた。


「お前を紹介したウェイターがいただろう。そいつとウルスラ、どこか似ていないか?」

「そうですね……」


 ドーチェは目線を上に向けて、ウェイターとウルスラの共通点を探す。

 まず外見だが、どちらもかなり整ってはいるが似てはいない。

 一方でどちらも気さくに話しかけてきて、励ましてくれたのは共通している。

 ついでにどちらも突然現れたり、いなくなったりしていた——


「言われてみれば、確かにそうですね……」


 ドーチェも、タイラーに負けず劣らずのしわを眉間に寄せる。

 それを見たタイラーも「だろう?」とお茶に口をつけた。


「……おっしゃりたいことはわかりました。 あのお二人には何か繋がりがある、ということですね?」

「ああ。 そして、なぜか二人ともお前にご執心だ。 それがどんな理由であれ、用心するに越したことはない。 わかるな?」

「わかりました、今後お会いしたら注意するようにいたします。 ——ちなみに、タイラーさんは彼らの正体を?」

「……聞いてどうする?」


 突然、タイラーがドーチェに逆に問うてきた。

 それは「恥ずかしいから嫌だ」というより、「言えば、もっとろくでもないことが起こるが、それでもいいか?」と半ば脅しているような感じだ。

 ドーチェもそれを察してか「大丈夫です」と首を振った。


「あの方々は嘘つき——でも腐れ縁というのは本当なのでしょう? だとしたら、タイラーさんはあの方々になにか〝貸し〟があるのではないですか? ですからタイラーさんも、彼らのことを怒りはすれど拒絶はできない、と」

「……妙に察しがいいな」

「誰にだって、触れられたくないことはあります。 私にだって、タイラーさんに言いたくないことの一つや二つ、ありますからね」

「そんなものか?」

「はい、そんなものです。 特にそんな嘘つきさんに紹介された私を、律儀に引き受けて下さった方に、なんの古傷もないのはおかしい気がしますし」


 タイラーは「こいつめ」とフフッと鼻で笑い、ドーチェもそれに続いて笑った。


「お前は本当に【戦乙女】らしくないな。 おれのよく知る【戦乙女】なら『全て聞き出すまで、絶対に動かん!』くらいは言うと思うぞ」

「かもしれませんね。 特にアイン姉様なら」

「よし、この話はここまでにしよう。 その方がウルスラ達にも不都合だろうからな」

「そうですね、 お腹も空いてきましたし」


 話しを終えた二人は、夕食に戻る。

 少し冷めてはいるが、まだ十分食べられた。

「ん、この香草焼き、中々美味いぞ」

「ありがとうございます。 実は、庭にあった香草を勝手に拝借してしまいました。 少し成長し過ぎたものを選んだので、庭の見た目に影響はないかと」


 胸を張るドーチェに、タイラーも「ほう、やるな」と称賛の言葉を送った。


「まあ、それで本筋の道具の知識を忘れなければいいが」

「だ、大丈夫ですよ! だって私は——」

「立派な【戦乙女】になるのだから、か?」

「はい!」


 そう元気のよい返事をしたドーチェは、ナイフで切り分けた猪肉の香草焼きを口いっぱいに頬張り、悦に入った。


「戦場、か……」


 彼女を見てタイラーがそうつぶやく。

 しかし、ドーチェにはその言葉は届いていなかった。


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