戦乙女と庭師 ④ タイラーとの出会い
(想像していたのとは少し違うけど……)
男の家は、周囲に植えられた生垣のせいもあってか、少し暗い印象を受けた。
他の家に見られた露店も出ておらず、通りの端ということもあって「ポツン」という表現がぴったりな家だ。
(入って、いいんだよね?)
大丈夫、こんなに良い通りにある家の住人だ。 勝手に入ったからって、突然怒られたりしないだろう。
別になにか盗って帰ろうってわけじゃないんだから、むしろ堂々としなくては。
もし何か言われたら、ウェイターさんから持たされた紹介状を見せればいい。
心の中でそう呟き自分を納得させたドーチェは、木で作られた門を恐る恐る押し開く。よく手入れされているのか、門からは軋み音一つしなかった。
門を後ろ手で閉め、振り返ったドーチェはそこに広がる光景に息を飲んだ。
(なに、これ……)
うっそうとした生垣の中には、それは美しい庭が造られていた。
庭の周りには、大小様々な花が植えてあり、各々鮮やかに咲き誇っている。
蔓に咲くもの、棘があるもの、花弁が多いもの、逆に一つになっているもの。
そのどれもが「私を見て」と語りかけているかのようだった。
庭の中央を横断するアプローチにはレンガが端まできっちり敷き詰められ、踏むたびにコツコツと音を立てる。
アプローチの上に造られたアーチも手が込んでおり、歩きながら目を凝らすとその全てで形が異なるものだった。
暗めの木材で造られた玄関扉の前には、小さなバードバス。
その水面(みなも)には、小さな睡蓮のつぼみが浮かび、花開くときを今か今かと待っているようだった。
(オーディン様の王宮よりすごいかも……)
そんな不敬なことを考えてしまう程、その庭は美しかった。
ドーチェの口からも、思わずため息が漏れる。
(ウェイターさんのご友人が、この庭を造ったのだとしたら……)
自然をこよなく愛する清らかな御仁か、あるいは相当な暇人か。
絶対に前者であって欲しいと切に願いながら、ドーチェは玄関扉を叩いた。
「こ、こんにちは! どなたかいらっしゃいませんか?」
…
……
…………
数秒待っても、返事がない。
ドーチェはもう少し強く叩いてみようと、拳を扉につけて身構えた。
すると……
「そこの娘、何の用だ」
後ろから、腹に響く低い男の声が聞こえる。
ドーチェが慌てて振り返ると、背中に伐採された木をこれでもかというくらいに背負った〝大男〟が立っていた。
背丈はドーチェが見上げたアーチよりも少し低いくらいで、背負っている背負子が武器ならばさぞ名のある戦士だろうと思えるくらいに、筋骨隆々だった。
ただし、決して粗暴なガチムチというわけではなく、背負子を下ろす所作にはどこか品があり、ドーチェを覗き込む目も血走ってなどいなかった。
「あ、あなたは……?」
「先に聞いているのはこちらだ。 まずはそちらから名乗るのが礼儀ではないか?」
険のある声色で、男が問いただしてくる。
ドーチェはつい出てしまった自分の言葉にあわあわしつつ、背負っていた荷物を雑に下ろして背筋を伸ばした。
「は、はじめまして、私はドーチェと申します! ここへは、大通りにあるカフェのウェイター様より紹介をいただいて参上した次第でございます!」
ドーチェの自己紹介に、男の眉間に寄っていた皺が更にその数を増す。
それを見た彼女は、すぐに謝罪をした。
「も、申し訳ございません! 私、一人で他の家に来るのが初めてで……その、緊張しておりまして……!」
そう言って謝るドーチェに対して、男は目を伏せて溜息をついた。
「違う、そこじゃない。 お前の誠意は十分に伝わった。 俺が気に入らなかったのは、そのウェイターのことだ」
「はい?」
予想外の返答に、ドーチェの口から間の抜けた言葉がこぼれた。
「あいつめ、また〝罪滅ぼし〟のつもりか? まったく、手は足りているといつも言っているはずだぞ」
――手は足りている。
男がポツリとこぼしたその言葉に、ドーチェの頭が真っ白になった。
こんな【世界樹】の端まで来て、何も出来ずにとぼとぼと来た道を帰るなんて。
そんなの、絶対に嫌だ。
ドーチェは、慌てて肩に掛けていたポーチをごそごそと探った。
「で、ですが、こうして紹介状もいただいています! このお庭の掃除でも、家事手伝いでも、なんでもいたします! ですからどうか、ここで働かせてください!」
ドーチェは紹介状を握りしめながら、男に見せつけた。
男は顎にある髭に手をやりながら紹介状を受け取り、封を切って中を読み始める。
「お願いします! ここで断られたら私、行くところが……!」
噓だった。
別に、行くところがないわけではない。
路銀がないわけでもないし、街へ戻れば〝実績〟を成すための仕事なんてすぐに見つかるだろう。
しかし、どうしてもドーチェは諦めきれなかった。
こんなに美しい庭を造るのには、相当苦労をしたはずだ。
彼が背負った荷物のくたびれ具合や、腕や顔に刻まれた無数傷からもわかる。
そんな素晴らしい仕事をする人と、一緒に仕事をしたい。
最初は下働きでもいい。彼がどんな仕事をしているのかを見て、なんでもいいからその手伝いをしたい。
そうすれば、今の自分に足りないものがきっと、いや必ず見えてくる。
このチャンスを、彼女は逃したくなかったのだ。
「ほう、お前【戦乙女】なのか」
紹介状を読みながら、男が問う。
「は、はい! まだ末席ではありますが、日々鍛錬は欠かさずしています!」
ドーチェが答えると、男は紹介状から目線を上げ、じっと彼女を観察し始める。
跳ねた前髪の先からくたびれたブーツのつま先まで。繰り返し、数回に渡って。
彼女は、自分が使い物になるかどうか品定めをされているのだと直感した。
「あ、あの、どうでしょうか?」
「静かにしろ、集中しているところだ」
口に出てしまった言葉を低い声で制され、彼女は「は、はい……」と縮こまる。
数分の後、男がようやく口を開いた。
「わかった。 とりあえず一か月、ここに置いてやろう。 もしそれでお前がものになったなら、お前が望む〝功績〟とやらを手伝ってやる」
「ほ、本当ですか?」
ドーチェの顔が、パアッと晴れやかになる。
「ああ、本当だ。 戦乙女にしては小さいが、最低限の素質はありそうだからな」
「ち、小さい……」
気にしているところを突かれ、彼女は自分の容姿を確認する。
跳ねたままの前髪。細い腕。子供っぽさが抜けない小さい胸やずんぐりした腰回り。
これでも昔より少しは成長しているのだが、発育が良い姉たちと比べると成長が遅いのは本当だった。
「図体のことは別に問題にならん。 はじめは仕事を覚えるだけで精一杯になるぞ」
「は、はい! 頑張ります!」
「フッ、返事だけは一人前だな」
瞬間、男の顔から皺が消え替わりに口元が緩むのが見える。
その姿に、ドーチェは一際目を輝かせた。
「だが、返事の良さだけで『庭師』の仕事をこなせるとは思わないことだ」
「に、庭師といいますと、この庭のようなものを他の家でもお造りに?」
彼女のやる気が、俄然高まる。
こんな美しい庭を、他の場所でも? その手伝いができるなんて、光栄の至りだ。
しかし、妄想を膨らませる彼女を尻目に、男は怪訝そうな表情を浮かべる。
「お前、紹介状の内容を聞かずにここに来たのか?」
「はい?」
再び間の抜けた声を上げた彼女の目の前に、男が紹介状を広げて見せてきた。
『戦乙女ドーチェを 世界樹の庭師タイラーの助手として ここに紹介する』
紹介状を見ながら、今度はドーチェが首を傾げた。
『タイラー』というのは、目の前にいる男のことだろう。
しかし【世界樹の庭師】という職業に、彼女は皆目見当がつかなかった。
「あのう、【世界樹の庭師】とは、どのような仕事なのですか?」
ドーチェが尋ねると、男は面倒くさそうに後頭部を掻きながらこう答えた。
「俺の仕事は、この【世界樹】を巡り、伐り、整えることだ。 ……いいか、二度と説明させるな。 これでも、人並みには恥ずかしいのだからな」
そこでドーチェは、自分が幼い時のことを思い出した。
なぜこの【世界樹】が育ちすぎないのか、年の離れた姉たちに尋ねたことを。
姉たちは、「あくまで噂よ」と断ってからこう答えてくれた。
——この世界樹には、いつからか名も知れぬ【庭師】がいるらしい、と。
*12月26日更新分はここまでです。 1-4が少し長くなってしまいましたが【庭師】という単語が出ていたということで、重要な場面と思っています。
ご容赦いただければ幸いです。 それでは、また。
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