戦乙女と庭師 ⑤ 今後の話


「タイラー様、質問してもよろしいでしょうか?」

「——さっき言ったはずだ、はいい。 で、なんだ?」


 おずおずと質問するドーチェに、タイラーは芋を嚥下してから答える。

 その声色は、まだどこか不機嫌そうだった。

 それでも彼女を風呂に入れ、こうして夕食を振舞ってくれているのだから、怒っているわけではないのだろう。


「えっと、明日からここで働かせてもらうと思うのですが、具体的には何を……?」

「最初の一週間は道具の整理と整備、あとは留守番だな。 次の一週間で実際に使ってもらうだろうから、道具の種類も含めてしっかり覚えろ」

「そう、ですか……」


 タイラーにきっぱりと言われ、ドーチェはがっくりと膝に視線を落とした。

 いきなり現場には連れて行ってはもらえない。 それはわかっていた。

 しかし同時に、もしかしたら【世界樹の庭師】の仕事を間近で見られるのでは、と期待していたのも事実だった。


「なんだ? さっきなんでもすると言っていなかったか?」

「そ、そうでしたね。 申し訳ございません……」


 そう言って首を屈める彼女に、タイラーは額を指で掻きながらこう諭した。

 まるでそれは、年頃の娘の扱いに苦労する父親のようだった。


「いいか? 一週間後、お前の準備が出来ていようがなかろうがついて来てもらうつもりだ。 道具について覚えなければならないのは、その時に自分の身は自分で守ってもらわなければならないからだ」

「自分の身を守る、ですか?」


 視線を上げるドーチェに、タイラーは「そうだ」と言って話を続けた。

【世界樹】には、下界の植物にはない“奇妙な性質”がある。

それは姿だ。

タイラー曰く、その性質が人知を超えて『未知』なのだという。

それは上層に暮らす神々ですら、例外ではないらしい。

 特に最近では、下界の人間たちの進化が著しく、【世界樹】の変化の度合いやその形態が、長年巡ってきたタイラーでも予想できないことが起こる。

 人の手が入っていない枝の奥地では、変異した植物が繁茂し、住む獣も狂暴化。

さらには最高神であるオーディンに反逆しようと、世界樹の神秘を利用する輩の隠れ家にもなっていると言われ、ドーチェは思わず身を震わせた。


「道具には剪定用のものはもとより、自分の身を守る『武器』も多分に含まれる。 実地に出る前に、どんなものがあって、どんな時に使うか、徹底的に学ばなければならない」

「は、はい!」


 “武器”と聞いて、ドーチェの顔が少し明るくなる。

 扱いを覚えれば、戦乙女として戦場に出た時に役に立つと思ったからだ。


「やる気が出たようで何よりだ。 さあ、冷める前にさっさと食べろ。食べ終わったら、明日してもらう仕事を伝える」

「わ、わかりました!」

「それと、今日だけは食事の片づけは俺がしておく。 明日の仕事をメモしたら、擁してやった部屋ですぐに休め」

「そ、そんな! そのくらい私が……」


 たとえ初日であっても、ここに置いてもらうからには手を抜きたくない。

 そう思ったドーチェが食い下がると、タイラーがフッと鼻で笑った。


「それだけ明日は覚えることが多いということだ。 さっさと食べて寝ろ」

「で、では、お言葉に甘えさせていただきます!」


 そう言ってドーチェは、皿の上の芋をフォークで突いてぱくついた。

 その様子に、タイラーが苦笑気味にカップに入ったお茶をすする。

 明日から怒涛のような生活が始まるのが嘘のような、和やかなひとときだった。

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