戦乙女と庭師 ③ 下枝通りを行けば


「えっと、ここでこの通りを下りて……」


 カフェがある表通りを端まで歩いたドーチェは、そのまました下へと枝を進み、木々の生い茂る【枝街(えだまち)】へと足を踏み入れた。

 見上げるとすぐに青い空と虹の橋、【ビフレスト】が見えた表通りとは違い、【枝街】は上下左右にそれぞれ「~通り」と名付けられた「幹」が走っている。

 だから、昼間でも少し薄暗く、見通しも悪かった。

 だが恐ろしい場所というわけではなく、上下を走る通りには大小の家がひしめき合っており、そのどれもが淡い灯りを放っていた。


(そっか、ここが【美観地区】かぁ……)


 【世界樹(ユグドラシル)】に暮らしているのは、神々や戦乙女、荒々しい戦士たちだけではない。

 ここに暮らすのが主神である【オーディン】に選ばれた戦士とはいえ、戦いから距離を取り、静かに平和を謳歌したい者も少なからずいるのだ。

そんな民たちのことを想い、オーディン自らがこの地区を造成したという話を、姉たちからドーチェは伝え聞いていた。

 同時に『流石はオーディン様!』と、目を輝かせたことを思い出す。

しかし……


(これだと、火事の時とかちょっと大変かも……)


『外観』と同時に『管理』のことを考えたせいか、家々が数件毎に固まり、密集してしまっている。

 これでは火事が起こった時に延焼は避けられないだろうし、そうでなくても消火や避難に支障が出てしまうのではないだろうか。

 太くて燃えにくい幹はともかく、細い枝々(えだえだ)はそういう事象に弱い。

 そう思うと、ドーチェにはどうしてもあの窓の向こうに暮らす人々のことが心配になってしまうのだった。


(……ってそんな簡単なこと、オーディン様が見逃すわけないか)


 尊敬する主神への不敬な考えを、頭を左右に振って払う。

 ともかく今は、ウェイターの友人で『働き手を探している』という男の家に急ごう。

 そう心に決めたドーチェは、美しい街並みから一旦目を離し、持っている地図に目を落とした。

 ウェイターから渡された地図は、更に下の通りへと降りるよう指示してくる。

 細い枝の端、ドーチェはようやくその男の家があるという【ラタトスク通り】にたどり着いた。

 上にあった通りと同様に、ここにも木の家が多く配されている。

 しかしドーチェは、すぐに上の通りとこの通りとの違いに気が付いた。

 そこから見える家々の前では露店が開かれ、様々なものが売られている。

 この通りは居住区画ではなく、『商業区画』のようだった。

 ただしそれは、ドーチェが暮らしていたメイン通りとは売っているものがまるで違う。

 露店では家具や服など、木や植物を使った日用品を扱う店が多く見受けられた。

 それまでドーチェの中では、店と言えば剣や槍を売る武器屋か、書物を売っている本屋くらいのものだ。

 だから……


(【世界樹】に、こんなところがあったなんて……!)


 戦場で勇ましく戦い、自分や戦乙女の名声を上げることだけを考えていたドーチェにとって、この通りに見えるもの全てが新鮮だった。

 時折工具で木を割る小気味の良い音や、人々の穏やかなトーンの語らい。

 菓子に使われている木の実の香ばしい香りには、思わず目を細めてしまった。

 どれを切り取っても、心落ち着く光景だ。


(ウェイターさんのご友人が、怖い人でないといいんだけど……)


そんな緊張していた彼女の心持ちが、歩を進めるごとに解きほぐされていく。

こんな穏やかなところに住んでいる人が、怖い人であるはずがない。

彼女は、勝手にそう判断していた。


(今度ウェイターさんに会ったら、お礼を言わないと!)


 ドーチェの足取りが自然と軽く、速くなる。

 彼のご友人は、どんなものを作っているのだろうか。

 家具? お守り(チャーム)? それともお菓子?

 明るい妄想が、彼女の頭を満たす。

そのお陰か、通りの端にある男の家まですぐに行き着いた。

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