戦乙女と庭師 ② 民の涙を無下には出来ず

 自分に食い意地の悪さに気づいたドーチェは、気恥ずかしそうにジュースとサンドイッチからパッと手を離した。


「も、申し訳ございません。ですが、なぜ私が【戦乙女】だと?」


「その恥じらいから滲み出る振る舞い、【戦乙女】さん以外あり得ません」


「そ、そうですか……?」


 ウェイターの嫌味のない笑顔が、逆にドーチェの羞恥心を刺激する。

 紅くなっているであろう顔を隠すように、彼女は俯いた。


「あの【戦乙女】たち、それも【聖槍】のアイネ様の妹君が、やけ食いをしていたら、こちらもつい見入ってしまうというものです」


「お、お見苦しい物をお見せしました……」


「いいえ、逆に親近感が湧きましたよ。 私だって男ですから、戦乙女さんとお近づきになりたいのです」


「そ、そんなものですか……?」


 親近感という言葉に、ドーチェは顔を上げる。

 館を追い出された反動なのかはわからないが、どうも一人は心細かったのだ。


「しかしそのやけ食い、なにか嫌なことでもあったのですか? 私に出来ることなら、力をお貸しいたしますよ」


「い、いえ、どうぞ、お構いなく……」


 心細いとはいえ、御前試合であんなことがあったなんて言えない。

 姉の伝統ばかりを重んじる態度には少し腹が立ったけれど、戦乙女全体の評判を下げようという考えは、流石のドーチェにもなかったからだ。


「もしかして、お姉さま方にいじめられたのですか? それとも、なにか戦乙女の名に泥を塗ってしまったとか?」


「ど、どうでしょうか……?」


 鋭いな、このウェイター。

 そう感じたドーチェの両目が、途端に泳ぎ始める。

 その心中を知ってか知らずか、ウェイターは捲し立てるように会話を続けた。


「わかります、わかりますよ、その気持ち。 私もここのウェイターになって長いですけど、オーナーにはいじめられっぱなしですし。 お客様にも『その笑顔が気に食わない』なんて言われるのはしょっちゅうですからね」


「そ、それはお気の毒に……」


 指で涙を拭おうとするウェイターに、ドーチェはハンカチを差し出す。

 ウェイターは「ありがとうございます」と言ってそれを手に取り、目を覆った。


「嗚呼、こんな私に対しても、あなたはなんとお優しい! 流石は【戦乙女】様だ! しかし、そんな方がいじめられているのに、何もして差し上げられない自分が情けない!」


「あ、あまり大声をお出しにならないでいただけると……」


 混雑する時間帯を避けたとはいえ、一応他の客もいる。

 ウェイターだけでなく、周囲にまで自分の醜態が晒されるのは、ドーチェも望むところではなかった。

 それに、家を追い出されたとはいえ、いじめではないわけではないわけだし。


「ああ、すみません。 私のような一介のウェイターが出過ぎた真似を」


「い、いえ。 そんなことはありません。 あなたのご厚意はとても嬉しく思います」


「勿体ないお言葉……、本当にお優しい!」


 そこまで言われてしまったドーチェの中に、二つの気持ちが生まれる。

 それは、初めて会った人にここまでさせてしまった『罪悪感』。

 そして、それに対して埋め合わせをしたいという『罪滅ぼし』の気持ちだ。

 戦乙女失格と言われた身でも、守るべき民を無下には出来ない。

 姉に理不尽に放り出されて不貞腐れていたドーチェも、そこは真面目で律儀だった。


「あの、もしよろしければ、私のお話しを聞いていただけますか?」


「よ、よろしいのですか?」


 ウェイターは両目を潤ませ、ハンカチを両手で握りしめながら確認する。


「は、はい。 それであなたを泣かせてしまったことへの償いになるのなら」


「ありがとうございます! いやあ、今日はいい日だなぁ!」


「あの、ですから、大声はお出しにならないで……」


 苦笑するドーチェの中に、少し後悔の念が生まれた。





*こんにちは! カクヨムに初投稿させていただきます『小向 八雲(こなた やくも)』と申します! 

遅筆ではありますが、細々と投稿していきますので、フォロー・PVよろしくお願いいたします!


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