第一章 追放と出会い
戦乙女と庭師 ① 不思議なウェイター
『ドーチェ、あなたは【戦乙女(ワルキューレ)】失格です』
『この結果を覆したいのなら、一つ、大きな〝実績〟を示しな!』
『それが成されるまで、あなたがこの館の門を潜ることは許しませんからね~』
そう姉たちに言われ、荷物と一緒に館から放り出されてから、早三時間。
【戦乙女】の末妹『ドーチェ』は、カフェのテラス席で頬杖をついていた。
きっかけは、昨日行われた槍試合。
そこで一つ上の姉、『ウルフィー』との御前試合に負けたことだ。
彼女自身、決して鍛錬を怠っていたわけではない。 自身が出来る、最大の努力をして試合に望んだつもりだった。
しかし、その努力の方向性がどうもいけなかったようだ。
【戦乙女】には、共に戦う【エインヘリヤル】たちの手本、旗印となるため、〝清廉潔白〟であることが求められる。
だから戦う時には正々堂々、真っ向勝負で臨むことが暗黙のルールとなっていた。
当然、【呪文】や暗器などの小道具を使うことなど、もってのほかだ。
(じゃあ、一体どうすればよかったっていうの……?)
ドーチェは、自分の細い腕を見つめながら考えた。
目標とする姉たちには、こんな弱弱しいものはついていない。 二つ上のウルフィーにすら、自分より一回り以上太いものがついていた。
加えて背丈も低く、【戦乙女】の標準装備たる『ランス』を担ぐだけで腕が震える。 替わりに『剣』を振るうにしても、間合いの広さと重量に大きな差があるランスには軽く弾かれてしまう。
それでもドーチェには、強い願いがあった。
【戦乙女】に生まれたからには、姉たちのように戦場で華々しく戦いたい。
そしていつか、尊敬する主神【オーディン】をすぐ傍で守りたいのだ。
だから彼女は試合に勝つため、剣の修行だけでなく、牽制用の【呪文】をこっそり覚えたり、ナイフを投げる練習をしたりしていた。
ウルフィーも「これからの時代、そういうのもアリだよね」と理解を示し、その修行を黙っていてくれた。
試合が始まり、何度かウルフィーと打ち合う。
間合いは開いたときに、ドーチェが目くらましにと【火球(ファイアーボール)】を放った。
(みんな、驚くぞ……!)
しかし次の瞬間には、長姉である『アイル』に間に割って入られて、試合は中止。
彼女はすぐに館に引っ張って来られ、姉たちにこってり絞られた。 それも他の姉たちがいる前でだ。
最初はウルフィーも彼女を擁護しようとしてくれたが、長姉の切れ長の目に睨まれ「な、なんでもないです」と縮こまってしまった。
そして現在は、ドーチェは【戦乙女】失格の烙印を押されて、こうして不貞腐れながら注文した料理を待っているというわけだ。
「お待たせしました! 季節のミックスサンドと、葡萄のジュースでございます!」
「ありがとうございます」
ウェイターが明るい声と共に食事をテーブルに置く。
その後「ごゆっくりどうぞ」と会釈をして去っていった。
その背中が厨房に消えていくのを確認してから、ドーチェは胸の前で両手を握り、主神に早口で祈りをささげる。
そしてやおらジュースの入ったコップを取り、一気に煽った。
実と一緒に皮まで絞られた葡萄が、舌の上をざらりと通過する。
甘味と酸味に加えて、皮の苦味が丁度いいアクセントになっており「今自分は、葡萄を口にしている」としっかり感じさせてくれる飲み口だった。
「はぁ、美味しい……」
正直な感想が、ドーチェの口から漏れる。
ジュースのコップから手を離すと、今度は季節の野菜たっぷりなサンドイッチを大きな口を開けてがぶりと頬張った。
左手でサンドイッチを食べ、右手のジュースでそれを流し込む。
どうせ戦乙女の館を追い出された身だ。 一度や二度くらい、行儀悪く食べても許されるだろう。
だから、口元にチーズの欠片がついていても彼女は気にも留めなかった。
しかし……
「一体どうしたんですか、【戦乙女】さん。 そんなに慌てなくても、サンドイッチは逃げませんよ?」
「ふぇ!?」
さっき厨房に消えたはずのウェイターが、いつ間にかドーチェの目の前に立っていた。
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