愛しい婚約者が「目に見える愛が欲しい」と言ったので、僕はプレゼントを渡すことにした

夕山晴

愛しい婚約者が「目に見える愛が欲しい」と言ったので、僕はプレゼントを渡すことにした

 目の前には渡すつもりだったプレゼントの山。


「何がいけなかったんだ」


 フィリベールはわかりやすく落ち込んでいた。


 何もおかしいところはなかった。

 仕事を終えた後、いつものように屋敷を訪れて、いつものようにプレゼントを届けたはずだった。

 愛おしい婚約者セリアの元に。


 いつもと違ったのはその後だ。

 セリアはフィリベールとプレゼントを交互に見た後、受け取ることもなく自室に戻ってしまったのだ。

 困ったのは、プレゼントの送り主フィリベール。そして、セリアの父クレマンだ。


「ええと、フィリベール卿……今晩もお越しいただきありがとうございます。娘も、その、どうも恥ずかしがり屋な一面も……あるようで。ええ。年頃の娘というものはなんとも難しいものですなあ。はは、は!」


 両手をすり合わせ、引き攣った笑いを見せた。


 フィリベールは上流貴族の家系の生まれで、あらゆる教育を受けていたため、とても優秀で。

 宮殿で働くクレマンの、上司である。


「いやはや、女というのは気分や機嫌でころころと言うことが変わりますからな。お恥ずかしい話、私も妻と言い争いになることも、まあ、ございますし。……その、あまりお気になさらず」


 フィリベールは、とぽとぽとグラスに酒が注がれる音を聞きながら、足元を眺めていた。


 立ち直ることもできず、幾度となく「何が……一体何がダメだったのか……」と呟いたが、そのたびにクレマンから酒を勧められる。

 飲んで飲んで、信じられない出来事は早く忘れてしまえということだろうか。


 フィリベールの父とクレマンとの約束で、幼い頃から婚約を交わしていた。

 ずっと大好きなセリア。

 照れるとつんとして顎を上げる姿も、元気のない時に背中を叩いてくれることも、ころころと表情が変わるところも見ていて楽しく、愛おしく思う。


 プレゼントは、そんな彼女からのお願いだった。


 他でもない、愛するセリアが「見える形で愛が欲しい」と友人にそう溢していたから。


 だから、フィリベールは自身を改めた。

 仕事が早く終わった日に、手ぶらでふらりと屋敷に寄る──それをやめたのだ。


 一目でもセリアの顔を見たかったからだが、手ぶらでの急な来訪は、都合のいい時にだけと苦々しく思われたのかもしれない。


 それからというもの毎回プレゼントを用意するようになった。


 花束に、お菓子に、ネックレス。本や髪留め、絵画など。あらゆる店に足を運び、綺麗にラッピングもしてもらって。

 セリアのためだと思えば全く苦にもならなかった。


 気まぐれに訪れることもやめ、三日に一度と決めた。

 急な仕事が舞い込んでこない限り、必ず決めた時間に帰られるよう何が何でも仕事を終わらせた。

 正直、三日のうち二日は死に物狂いだ。


 が、フィリベールが帰ることで部下も帰りやすくなったようで。

 上司が鬼気迫る形相で仕事に向かう様子には尻を叩かれるらしく、部下の仕事スピードも上がっていたから、宮殿での拘束時間は確実に減っていた。

 働く環境が改善されたことで、密かに部下たちからの好感度は上がっていたのだが。

 まあ、それはともかくとして。


 しかし何度も何度も訪れていると、慣れからかフィリベールは少しずつ不安になってきた。


 プレゼントは、これで足りているだろうか。

 セリアへの愛はこのプレゼントで表せているだろうか。


 不安なフィリベールは、いやまだダメだ、と思った。


 思った結果、増えたのだ。

 来訪回数は仕事やセリアの都合を考えると増やせないので、増えたのはプレゼントである。


 一箱が二箱になり、二箱が三箱、四箱と。

 それから愛の大きさも示そうと、小さい箱からより大きな箱へと。


 繰り返すうちに、毎回プレゼントの山と共に訪れるようになっていた。

 セリアの願いだから、と気にしないことにしていたが、もしかすると。


「なあ、もしかして僕は、迷惑をかけているだろうか」


 おもむろに顔を上げたフィリベールに、クレマンは大きく首を横に振った。

 上司であり、大層有望な婚約者に嫌われたくないのだ。当然である。


「いいえ、いいえ! そんな滅相もありませんよ。フィリベール卿にこんなに良くしていただいて、娘も喜んでおります。……今日は、少し機嫌が悪かったのかもしれませんね。ほら、なにぶん年頃の娘ですので」


「そうか……そういうものか? 近頃セリアに会いにくるたび、会っている時間が減っている気がするのも、そういうことか?」


 ふむ、と真面目くさった顔で首を傾げると、クレマンは何度も何度も頷いた。


「ええ、ええ、もちろん。まさかフィリベール卿の愛を受け止められないセリアではございませんよ」

「そうか。最近は顔を合わせるたび、険しい顔をしているような気がするのも……」

「はっはっ、気のせいでしょう」


 と、クレマンが少し口元を引き攣らせながらも手をすりすりしたとき、バンと大きな音がして扉が開いた。


「お父様っ!」

「セ、セリア!?」


 驚いたのはクレマンだけではない。

 驚きつつも喜びに震えたのはフィリベールだ。


「セリア……!」


 また会えて嬉しいと言葉を掛けるより前に、ささっとプレゼントの山を差し出した。


「今日の気持ちだ。受け取ってほしい」


 そう言って見つめたセリアの顔は、やはり勘違いではなく、険しい。


「……セリア?」


 緊張しながらも初めてプレゼントを渡した時とは、雲泥の差だ。

 初めは喜んでくれたのに。

 何度打ち払っても思い浮かぶのは、嫌われてしまったのではないかということ。


 フィリベールは眉を少し下げた。


「気に入らなかっただろうか、プレゼント」


 愛が伝わるようにと、一生懸命に選んだ。

 このプレゼントは全て、愛そのもの。


 セリアはプレゼントの山を見やったのち、大きく溜息を吐いた。


「……限度ってものを知らないのかしら」

「──目に見える形で愛が欲しいと、君が言っていたから」


 あるパーティーで友人から婚約者に直してほしいところはないのかと聞かれて、そう零していた。

 本人に聞かせるつもりはなかっただろうセリアの本心。


 それを聞いたとき、物や金で愛を繋ぎとめられるなら、どれほど簡単なことかと思った。

 大好きなセリアにどうすれば喜んでもらえるのか、いつも答えを出せずにいたから。


「聞いてたの」


 セリアは驚いたようだった。

 わざとではなかったが、盗み聞きなんてと余計に嫌われたかもしれない。胸が痛んだ。


「だから、最近プレゼントが多かったの?」

「あ、ああ」

「だんだん増えてきたのは、もしかして」

「いや、その、君への愛を示すには一つでは到底足りない気がして」


 しどろもどろになりつつ、ごにょりと伝えた結果。


「違うのよ!!!! そういう、ことじゃなく!!!!」


 大きな声でお叱りを受けた。

 フィリベールの頭はハテナマークでいっぱいだ。


「あの、セリア……どういう?」

「もう! あなたってどうしていつもそうなの? 私が言った”目に見える形”って、そうじゃなくって!」

「じゃなくて?」


 セリアは視線をずらした。

 心なしか動揺しているようにも見える。


「……た、たとえば……」

「うん、たとえば?」

「……そう、たとえば、よ? ハ、ハグとか……?」


 そう言った真っ赤な顔の愛おしい婚約者は、あまりに魅惑的で。

 フィリベールが惑わされたようにそっと腕を広げると、徐々にセリアとの距離も縮まって──。


 思いもしなかった。

 目に見える形って、こういうことだったのか。

 わかりやすく態度で示す。それだけでセリアを腕の中に抱けるとは。


 感無量に浸っていると、手前でぴたりとセリアの動きが止まる。


(なぜ!?)


 どうして抱きしめさせてくれないのかとセリアの視線を追うと。

 すっかりとその存在を忘れていたクレマンがいた。


「ええと、私は壁、いえ空気ですので。その、どうぞ続けて……?」


 クレマンは見たこともない恥じらいを見せて、顔を両手で隠していたが、続けられるわけがなかった。

 そっと腕を下ろしたフィリベール。

 羞恥からくるセリアの怒りはクレマンに向けられた。


「お父様もお父様ですよ!! フィリベール様がプレゼントを持ってこられるたび、私が喜んでいるとかなんとか。年頃の娘だから機嫌が悪いこともあるとか。そんなことばかり仰るから、フィリベール様もなかなか気づいてくれなかったのです!」

「えええ。私は良かれと思って……」

「何がですか! こんなに拗れたのはお父様のせいです!」


 わあんと表情を崩す婚約者のなんと可愛いことだろうか。


 フィリベールはセリアが教えてくれたことを早速実践することにした。

 一度下ろした手を広げ、胸に抱く。


 驚いて身をよじるセリアをぎゅっと抱きしめた。


「こんなことならいつだって、いつまででも。セリアが許してくれるならどこでだってしてあげられる。僕があまり話さないから、心配させてしまったのか」


「……っ、本当よ。なかなか話してくれないのもきっと疲れていらっしゃるからと、ずっと言い聞かせてたわ」


「顔を見られれば、それだけで十分だと思っていたんだ。それに何を話せば喜んでくれるのかをずっと考えていて」


 無用な心配をかけてしまった。

 いつだって、セリアのことを想っていたのに。

 結局何もしてあげられていない。


 空気になりきっているクレマンに部屋を出ろと目線で促して、セリアの視界を顔で遮った。

 扉が閉まったことを確認してから、頬に触れるキスをする。


「プレゼントは、嬉しかった?」

「……正直言うと、初めはね。今はもう貰い過ぎて置き場もないわ」


 苦笑を見たかったわけじゃない。

 反対の頬にキスをすれば、嬉しそうに微笑んでくれた。

 そう、こんな顔が見たかったのだ。


 フィリベールは腕の中の温もりを感じながら、幸せを噛みしめたのだった。




 それからというもの、フィリベールのプレゼントはぐんと減り──代わりに、愛しいセリアへのハグとキスが増えた。

 出迎えてくれるセリアに、愛していると言葉を添えることも覚え、フィリベールの努力の甲斐あってか、二人はいつも幸せそうに笑い合った。


 プレゼントで学んだフィリベールは、細心の注意を払い、どんどん欲深くなる自分を抑え込む。

 険しい顔なんてもう見たくない。やりすぎ注意だ。


 セリアが「どうして唇にはキスしてくれないのかしら」と友人に零すのは──まだ先の話。




 なお一番喜んでいたのは、職場環境も家族の雰囲気もより良くなったクレマンだったとか。






 おしまい

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