丑三つ時のメリーさん

かめーーとあらら

【丑三つ時のメリーさん】

誰が言い出したのか分からない、ある都市伝説が世間で囁かれていた。


丑三つ時の公衆電話、とある番号に電話を掛ける事で───と繋がる....


そんな都市伝説が。





○○○





「...もしもし」


恐る恐る取った受話器を耳に当てて、何とかそう口にする。


時刻は午前零時ちょうど、ヒンヤリと頬を撫でる空気が実に気味の悪い時間だ。


僕は息をすることもせず、常套句の返事を待った。けどそれは、一向に返ってこない。


誰もいないのか?それならそれでいいけど。と思ったが、受話器の奥から微かだけど息遣いが聞こえてくる。


更に少し待つと...


「...私、メリーさん」


そんな、若い女性の声が聞こえてきた。


僕は身の跳ねるような思いで、手放しそうになった受話器を両手でしっかりと持ち直した。


「ど、どうもメリーさん」


焦ってはいけないと思いつつも、自然と上擦った声になってしまう。


平常心、平常心だ。


「び、びっくりしました。まさか本当に繋がっちゃうだなんて」


「...貴方が、そんなに驚くんだ」


「はい、丑三つ時に電話を掛けるだけで繋がるなんて、意外とガバガバなんですね」


「...確かに、そうかもしれないね」


受話器の奥で、クスクスと微笑んだような気配がする。


次は、どうしよう。何を言おう。


などと考えている最中、受話器から、先に、電話特有の無機質さを帯びたメリーさんの声がした。


「私、貴方の所に行きたいな」


「...えぁッ」


言葉が詰まった。それまで何となくまとまりつつあった言葉も、忽ちに解けた。


恐れていた事の一つだった。


「いや、ダメですダメ。絶対来ちゃダメ、ほんとにダメ、やめてください」


「そんなに私に会いたくないの?」


「はい、そりゃ、嫌でしょう?」


「そっかぁー。悲しいなぁ」


「怖いですほんと、やめてくださいそういう事言うの」


思わず、突き放すような言い方になってしまったが、それも仕方のないことだと思う。


なんたってメリーさんを、こちらに来させる訳にはいかないのだ。


「...でもね、私は本当に君に会いたいんだよ?」


「...そう言われてもですね」


「分かってる。君は嫌なんだもんね」


「...はい」


心做しか、メリーさんの声が落ち込んだような気がした。


事実、悲しんでいるんだろう。


「...もうちょっとで、電話切れちゃうね。また次も、話せるかな?」


「分かりません...多分、無理な気がします。なんとなくですけど....」


「そっか...じゃあ、最後に言いたい事言わせて貰うね」


公衆電話の制限時間が迫ってきてる。時間は有限だ。


だから僕も、考えた。言いたい事を。


言えなかった事を。


言いたかった事を。


「幸せだったよ、私」


「...」


「でも今は、幸せじゃないんだ」


「......」


「だってそりゃそうだよね。私を幸せにしてくれるって言ってくれた人が、いないんだもん」


「...すみません」


「嘘つき。私言ったよね、嘘つく人嫌いだって」


「言ってましたね」


「酷いよ、ほんとに...酷いよ....」


「...ごめんなさい...ってかあれ?もしかして泣いてます?」


「っな、泣いてないっ....!泣いてないから....」


「すみません」


受話器越しに、嗚咽が聞こえてくるような気がする。でも彼女がそれを否定するなら、そうなんだろう。


だから僕は聞こえないふりをして、言葉を紡いだ。


「僕も、メリーさんを幸せにしたかったです。そしてメリーさんと幸せになりたかった...けど、僕じゃ力不足だったみたいです」


「......」


「どうか、前を向いてください。後ろを振り返らないでください」


「そこに僕はいません。いるつもりもありません」


「どうか俯かないでください。あの日々は決してなかったことにはなりませんから」


「僕はもう、貴方と一緒に歩くことは出来ません。でもどうか貴方は、この先もずっと僕と歩み続けて欲しいんです。刹那の日々の記憶の中に、きっと僕はいますから」


「どうかそれを忘れないで欲しいんです。それが僕のいた証ですから」


「.......」


「...もうそろそろ、時間ですね」


「...待ってよ...もう少しだけ.....」


「...はい。出来ることなら僕も...もっともっと、ずっとずっと話していたかったです」


けれど、時間が来る。悲しいほどに。


だからせめて、この一瞬を。この最後の一瞬まで、彼女に伝えたい。


あぁ、何を言おう。


何もかも言い足りない今、何を言えばいい?


一番言いたい事はなんだ?


...一番....言いたい。


そうか、


僕は思い出した。


これを、言い忘れていた。


「メリーさん」


僕は声が震えるのを何とか堪えて、


溢れだしてくる想いを閉じ込めて、


瞳を閉じて、


瞼の裏に、メリーさんを映し出して、


そうして...言った。


最愛の人に、最後の言葉を。


「愛してますよ」





○○○





「........」


ツーツーと、無機質な機械音が、電話が切れたことを私に伝える。


声が、出せなかった。


息が出来なかった。


何がきっかけで、堰き止めているこの感情が溢れ出して来るか、分からなかったから。


「........」


電話が終わっても、受話器を握り続けた。


この先に、まだ彼がいるかもしれないと思ってしまう。


意味の無いことだって分かってる。


けど今だけは、


今だけはまだ.....




○○○




誰が言い出したのか分からない、ある都市伝説が世間で囁かれていた。


丑三つ時の公衆電話、とある番号に電話を掛ける事で、死んでしまった最愛の人と繋がる....


そんな都市伝説が。

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