第103話 おしおき期待してたわけじゃないけど






 私達【シグナス】隊による帝国領侵入事件、および多数の『亡命者』受け入れ事案から、早いもので10日が経過していた。



 帝国側の大森林からナーケッデ川を越え、シャウヤ拠点キャストラムへと、誰ひとり欠けることなく辿り着いた私達【シグナス】隊。

 紆余曲折というには余りある事態を、どうにかこちらの思惑通りに乗り越えた私達は……当初の予定から大幅に遅れていたこともあり、取り急ぎシュト基地へ帰還することとなった。


 本来の目的であった【リヨサガーラ】を、シャウヤの方々へと納入して。

 これ以上疲労させるべきじゃないと判断された子たちを、一旦キャストラムへと預けて。

 私達の『寄り道』の間キャストラムで待機していたシルス書記官、ならびに【リヨサガーラ】を降りたエルマお姉さまたち、そして『おまけ』を【エルト】へと積み込んで。


 盛大に後ろ髪を引かれながらもキャストラムを発ち、途中休憩もろくに挟まず全速力でシュト基地へと帰還して……そこでなんやかんやあってから、10日である。




 いやいやいや……この10日、本当にいろんなことがありました。


 ことの成り行きは(シャウヤの方々の遠距離通信魔法を借りて)シルス書記官が報告入れてくれてたらしく、事情聴取にはそこまで時間は掛からなかったけど……そもそも私が今回やったことは、当たり前だが褒められたことじゃない。


 独断での敵地侵入、敵拠点に対する攻撃、敵国民の誘拐・拉致などなど……さすがに『おイタ』が過ぎる事案ばかりであり、当たり前だが『処分』の話が出たりもした。

 なおここでいう『処分』とはあくまでも降格とか減給とかであり、決して存在抹消とか生命剥奪とかそういう物騒なニュアンスのものではない。

 帝国ならまだしも、ここは連邦国だもん。命や尊厳が脅かされることは無いのだ。



 とはいえ……まあ申し訳程度の役職だったとはいえ、隊長だった私の責任は決して小さくない。

 裁判のような査問会のような、私への処罰を決めるための場へと連れてこられた私は、そこで弁明の機会を与えられることとなり……まあ今更隠す程のことじゃないので『私は帝国の実験動物だった』『連邦国に逃げてきてになれた』『姉妹たちが使い潰されるのが耐えられなかった』『後悔していない、どんな罰も受ける(えっちな罰でもいいよ)』といったことを、うまく回らない口ではあったが堂々と述べさせてもらった。


 ……すると、なんか、えっと……よくわかんないけど、ふしぎなことがおこりまして。

 査問会てきな場に集まった連邦国軍のお偉方は、しばしの間うつむいたり震えたり顔をくしゃくしゃにしたり苦悶の声を溢したりしてたかと思うと――



 私への罰則が、ぜんぶ無くなりました。あれえ。





「当たり前です、おねえさま。……おねえさまが罰を受ける、ありえません。裁かれるべきは、オーネたちです」


「安心してください、おねえさま。ティアはおねえさまのため、がんばって『ごほうし』します。お役に立ちます」


「…………むぅー」「むぅぅーっ」


「あわわわわわ」



 確かに、いろいろと勝手に動き回ったのは確かだが……自己満足姉妹らの救出以外に、連邦国にとって益となる成果を持ち帰ることができたのも、いちおうは事実である。

 イードクア帝国の技術研究部門に連なる、スバヤ生体工学研究所……そこで建造された最高傑作【エナファシオ】がほぼ無傷で、また盛大にベコベコでギシギシではあるが【ヴィルリーフ】の機体中枢部も、併せてまるっと手に入ったのだ。


 単純な性能のみでいえば私達【グリフュス】をも上回る2機であり、それらの動力機関ともなれば当然かなり貴重なものである。

 また機体を構成する様々なマテリアルも、ひたすらに高性能を追求した様々な仕様も、シャウヤ由来の最先端技術も、連邦国にとっては非常に有用だろうことは間違いない。



 加えて……私達のような『特務制御体』と呼ばれる戦略機動パッケージ、それを新たに生み出す温床が消え去ったということは……各地の戦線を騒がせている特務機体、それが今後増えることは無いというわけで。

 各地の戦線を預かる兵団にとっては、少なくない追い風といえるだろう。単機あるいは数機で盤面をひっくり返す憎き不確定要素、そいつが今後ほぼ現れなくなる。色々とりやすくなるのは、確かだろう。


 そういった声も、例の査問会(?)の場では聞かれたりもした。私達の暴走が何かしらの形で連邦国の役に立ったのなら、私としても嬉しい限りだ。




「おねえさま、おねえさま。まもなく時刻1445です。おやくそくの時刻がせまってます。じゅんびがひつようです」


「オーネに同意します。ティアはおねえさまのおてつだい、をします。なんでもゆって下さい」


「あっ、オーネも、オーネもなんでもします。おねえさま」


「…………んむぅーっ」「むむむぅーっ」


「ひゃわわわわわ」




 ……そんなわけで、各方面での私の貢献諸々もろもろふまえた結果、晴れて無罪放免(とまでは言わないけど、非常に軽いおしおき程度)で済まされた私はというと……えっと、まぁ、そろそろ触れとくべきだろう。

 連邦国のシュト軍用基地内、私達のために用意された特務開発課の建屋にて……私は現在ふたりの女の子に絡まれながら、更にふたりの女の子に睨まれているのだ。



 私とは血の繋がりを窺わせないながらも、やはりというか可愛らしく整った顔と、私たちと同様の白髪を湛えた、私よりも少しばかり背の高い少女達。

 私の右腕と、半分はつくりものの左腕に抱きつくように……わ、私には備わっていない、ほどよく実った確かな『やわらかさ』を押し付けてくる、私よりも『育っている』ふたり。


 あからさまに『不機嫌です』と顔に書いてあるシスとアウラからの、無言の圧力をものともせずに『あててる』この子たちは……まあ自身でも名乗っていたが、オーネとティア本人である。



 帝国領深部、スバヤ生体工学研究所上空にてり合った彼女たちだが……ビオさんをはじめとするシャウヤの方々の協力もあって、その魂からは『異物』をキレイに除去された上で、ばっちりと活性化できているらしい。

 機甲鎧の制御中枢に機体制御用として囚われていた部分も、そのほとんどの回収に成功。肉体に反して少々幼げな口調ではあるが、その受け答えはしっかりしている。


 この様子なら、自分たちの身の上について、ちゃんと説明できるだろう。そう思って一足先に、私達の帰還に併せて連れてきたのだが。

 いや、もっと大人っぽかったというか……しっかり現状を理解できて、ちゃんと自律できていたように思えたのだが。




「えっと、えっと…………あ、歩き、にくく……ない?」


「オーネはだいじょうぶです」


「ティアもだいじょうぶです」


「そ、そう――」


「…………シスは! シスは、だいじょばない、ですっ!」


「あ、アウラも! だいじょぶ、は、ない……ですっ!」


「は、はわわわわわ」



 先日までは【エナファシオ】と【ヴィルリーフ】を操り、私達と相対していたふたり。現在はかつてのシスとアウラ同様、私の監視下に措かれているといった状況だ。

 ……なのだが、実年齢が私よりも上である分、しっかりしてるところを見せようとしてくれているのだろうか。秘書というほどキチッとはしていないが、私のスケジュールを積極的に教えようとしてくれている。


 ただ、えっと、なんといいますか……「それはわたし(たち)の役目だ!」と言わんばかりに、表情変化にとぼしいお顔でせいいっぱい『遺憾』をアピールしている私のかわいい妹分ふたりがですね、オーネとティアを私から引き剥がそうと奮闘しているのですが……いやいや、可愛すぎやしませんかね。




「あっ、えっと、えっと……オーネ、ティア」


「はい、おねえさま」


「なんでしょう、おねえさま」


「うー、あの……おしえてくれる、のは、嬉しい、けど……私が、ちょっとだけ……ちょっとだけ歩きにくい、から……離れて、歩こ? ねっ?」


「…………わかり、ました」


「…………承知、しました」


「うん、うん。……えらいえらい」




 冠するナンバーが私達より先んじていること、またちゃんと女の子らしい身体つきになっていることからもわかるように……オーネとティアは、私よりも先に完成し生まれた特務制御体である。

 要するに、どちらかというと彼女らのほうが『お姉様』であるはずなのだが……私が彼女らに『再設定』を施したとき、なんでか私が『おねえさま』になった。あれえ。


 それ以降、ことあるごとにくっついてこようとしているので……どうやら私にくっつきたいらしいシスとアウラが、すっかりむくれてしまっている。



 わかりやす過ぎる『しっと』の相は、はっきりいってとても可愛らしい。今すぐ『ぎゅー』してしまいたい欲が湧き出てくるが……これ以上遅くなると、ほんとに約束の時間に遅れかねない。

 不満が爆発しないように4人それぞれを宥めながら、私は目的地点を目指して主格納庫を通り抜け、眼の前の発着場へと到着を果たす。




「ご主人さまっ! ご主人さまっ! アウラ……【エルト・カルディア】は、感知しましたっ! 接近する反応、【リヨサガーラ】ですっ!」


「……シスも、知っています。【リヨサガーラ】キャストラム所属機……わたしたちの、お客様、ですっ」


「あっ、う、うん。……ありがと、ねっ。いいこ、いいこ」


「…………むー」「…………ぷー」



 かわいらしい『報告』と幼げな『嫉妬』がもたらされた直後、私の視覚にもその奇特な姿が確認できた。

 ヒトを模した上半身と、蜘蛛のような下半身……見間違えようのないそのフォルムは、今やキャストラム所属となった【リヨサガーラ】である。



 私達がその到着を待ち望んでいた【リヨサガーラ】、その下半身の多目的収容スペースには……およそ10日前の『がんばり』の成果が、たっぷりと詰まっているはずなのだ。




(えー、っと…………テア? きこえる?)


――――きこえるよ、ファオ。ばっちり。


(よかった。……どう? 調のほうは)


――――そっちも、ばっちり。シャウヤのひとってすごいね、なかよししないと。


(ふふふ。……そうだね)




 悪辣な帝国の研究機関から連れ出され、魔法に秀でたシャウヤの方々によって治療を施された、被検体候補だった子どもたち。


 そして……私の半身にして、とっても頼れる相棒にして、私がこの世界で目覚め生まれてから片時かたときも離れることなく傍に居てくれた……私の、大切な子。




 の乗った【リヨサガーラ】が……私達の目の前に、予定どおり降着した。




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