第104話 すぐ傍にあったほんとの幸せ
スバヤ生体工学研究所の重役であった(らしい)研究者、リンリー・カンゼローの『魂を弄ぶ魔法』によって、先日の一件で私達は非常に肝を冷やされたわけだが。
奴にその魔法を与え(てしまっ)た張本人、全く同じ魔法を圧倒的スムーズに扱えるビオさ……もとい『学術長』ビオロギウスさんの協力もあって、事態はとても良い方向へと向かっていた。
およそ10日の間、キャストラムでは私達のためにと、ビオロギウスさんたちがアフターフォローに全面協力してくれていたらしい。
そして今回そちらからやってきた【リヨサガーラ】には、シャウヤの方々の『アフターフォロー』を経て、彼女らが『大丈夫そうネ』と太鼓判を押した子たちが乗っていたのだった。
まず……私達がやむを得ず撃墜してしまった【フィール】と【エア】について。
悪しきおじさんによって侵され、機体ごと消滅してしまったと思われたふたりの魂の欠片だったが……なんとびっくり、ビオロギウスさんの操る巨大な龍腕【
奴らによって分離させられたテアの魂を【グリフュス】に戻してくれたときのように……機体の爆散に伴って大気中に放り出された魂の欠片を掴まえて、消えてしまわないよう確保してくれていたのだと。
どうやらシャウヤの【
そんな中でビオロギウスさんのものは、まさに『魂の取り扱い』に特化したものだという。霧消しつつあった魂の欠片を集められたのも、やはり彼女にしか出来ない偉業だったのだろう。
特務機体を介してふたりの魂を侵していた『邪悪なおじさんの魂』は、しっかりバッチリ消滅したまま。しかし機体に囚われていた魂の欠片は、気絶していたふたりへとそれぞれ戻された。
機体こそ喪失したものの、魂は(ほぼ、ではあるが)元通り。この10日間の療養期間と経過観察によって、元気を取り戻しているとのこと。……よかった。
また……研究施設に囚われていた、被検体候補の子どもたちも同様。ビオさん指揮下のシャウヤの方々によって、しっかり治療を施してもらうことができた。
切り分けられてから時間が経ちすぎたものは、さすがに元通りとはいかなかったらしいが……しかし残された魂へと程よい刺激を与え、活性化を図ったり適切なケアを施すことで、遠からず元気を取り戻すことは可能だという。……よかった。
そんなわけで、今回到着した【リヨサガーラ】には……そんなシャウヤの方々の尽力によって、魂の元気を取り戻した子どもたちが乗っているのだが。
……まあ、自由の身となった彼女らの到着も、それはもちろん待ち遠しかったことではあるのだが。
私が……『ファオ』が、もっとも待ちわびていた
「………………」
「………………な、なあに?」
「…………、っ!」
「わっ!? も、もぉ……ファオってばぁ」
連邦国に亡命してから、幾度となく鏡で眺めた、非常に愛着のある私の容姿。
それと非常によく似た、私と同じくらいの背丈の少女が……今まさに言葉を失っている私の、すぐ目の前にいる。
さらさらの長い白髪、ふっくらとしたほっぺ、すっきりと整った目鼻立ち、好奇心旺盛そうな瞳。
私のことを認識し、愉快そうに口元を歪め、可愛らしくいたずらっぽい表情で私を見つめてくる……かわいい子。
――――も、もお! なんとか言ってよ、もお!
(ご、ごめんって! だって……だってぇ!)
だって……だって、仕方がないじゃないか。
ずっと一緒だった彼女が。私の良き理解者であり、絶対の味方である彼女が。
いつも私を元気づけてくれて、私の冗談に笑ってくれて、たまに辛辣な塩対応してくる、テアが。
ついにこうして、実際に『触れられる』形で……抱きしめられる形で、私の目の前に存在しているのだ。
「……ちゃんと、やわらかい……あったかい、ね」
「…………えへへっ」
カンゼロー何某によって強制的に【グリフュス】と『分離』させられたテアの魂は、直後駆けつけたビオロギウスさんによって、機体の制御中枢へと『元通り』してもらったわけなのだが。
その際の副作用というか、正直なところ予想外な展開ではあるのだが……えっと、要するに『抜け出しやすい』体質になってしまったらしい。
とはいえ、しっかりした依代がなければ最悪自然消滅も有り得るとのことだったので……ビオロギウスさんが助けてくれなければ、本当に危なかった。
外部から強制的に引き剥がされるというのは、それ程までに魂に大きな負荷と、影響を与えることだった……というわけなのだろうか。
これまでテアは、魂の大半を【グリフュス】に置いた……というか囚われていたまま、機体の知覚端末のひとつであるゴーグルによって、私と(擬似的に)行動を共にしていた。
あくまでも彼女本人は【グリフュス】から抜け出ることは叶わないまま、ずっとゴーグルによって映像通話していたような感じだろうか。視覚と聴覚は通話越しで働くものの、その他の感覚は無いままだった。
しかしながらこの度、幸か不幸か『抜け出しやすく』なってしまったテアちゃん。ちょうど都合よく『外部から魂を
このおよそ10日間『ファオがさびしくないように』と、シュト基地の【グリフュス】といったり来たりをしながら、遠く離れたキャストラムでビオロギウスさんに盛大にわがままを言いながら、こちらの『新しい身体』を調整していたとのことで。
その成果は、今まさにこうして私のことを『ぎゅっ』てしてくれている、温かでやわらかな身体となって……しっかりと現れている。
私の左手と同様、人工物ながらも人肌に近い感触の表層スキンも、動力機関の排熱をうまいこと調整した疑似体温も、コミュニケーター型の使い魔の技術を転用した表情プログラムも、存分にこの子を『かわいい女の子』に仕立て上げてくれている。
「……んへっ、んへへっ。……えっと、えっと、その…………調子、は……どう? ……
「んししし。ばっちりだよ、
「そう、だけど…………実際に、うごいてる、初めて見る、よ。……んへへ、よかったね」
「うん。とてもよかった。【グリフュス】のほうも、
「えへへ。どんどん、使いこなしてる、ねっ」
私と【グリフュス】の中から現れた、もうひとりの魂の持ち主……私が『テア』と呼ぶ、彼女。
いきなり出現した彼女には、さすがのフィーデスさんたちもびっくりだったらしいが……私の要領を得ない釈明の結果、どうやら『かつての実験で身体を失った双子の妹』というような形で解釈してくれたらしい。
……なおこの解釈に対し、テア本人は「わたしがお姉ちゃんでしょ!?」と主張している模様。
この度の
そんな複雑な状況を現実たらしめているのが、これまたシャウヤの方々のご協力による『転移』魔法の一種である。双方の『身体』を行き来できるように魔紋を配し、テアの魂が自在に『転移』できるよう設定し、長大な距離を隔てたふたつの身体を使い分けているのだとか。
以前聞いたときは、たしか『生物は転移させられない』と言っていた気がするのだが……どうやら魂だけなら『生体じゃないならセーフ』であるらしい。よくわからないが、生体物質とか有機細胞とか、そのへんを転移させるのが(まだ)難しいのだろう。
その一方、ある意味では『高密度情報体』とも近しい性質を持つらしい『魂』は、どうにか対象内。魔力や光条魔法をも『転移』させるその魔法は、とても応用の幅が広かったようだ。
ともあれ、テアのこの状態はあくまでも、何重にも重なった『たまたま』の相互干渉によって、偶然にも現在の形へと辿り着いたものであるらしい。
もし
……そんな危険な実験、うんち帝国ならまだしも、シャウヤの方々は手を出すつもりなど無いのだろう。
そのあたりは、ビオロギウスさんたちの人柄を信頼しているし……ここまでテアによくしてくれた恩人の言葉を、疑うようなことはしない。
重要なのは……私の大切なテアが、ついにこうして『ヒトの(ものに近い)身体』を手に入れたということで。
そこに至るまでに、シャウヤ含む多くの方々が、私達に協力してくれたということ。
諸悪の根源『スバヤ生体工学研究所』は、物質的にも構成人員的にも、跡形もなくこの世から消滅した。
所長のヘーゼン・トダマースと、ヤツをはじめとした主要幹部と思しき異物おじさんたちはもちろん……重要そうな研究施設の数々も、備蓄物資や各種器材も、私が『ざまぁないぜ!』してたときにバッチリ粉砕ならびに大喝采しておいたのだ。
それに加えて……ビオロギウスさん
いろんな意味でとてもつよい御方とお近づきになれたのを嬉しく思う反面、シャウヤの方々はぜったいに怒らせないようにしようと、そう心に決めた。
「…………ぁー……宜しいデスか? ファオ様?」
「っ! あっ、は、はいっ! なんでしゅか!」
「フフっ。……微笑ましいデスねぇ」
「ひゃわわわ」「でっしょー?」
そんな『怒らせたくない』相手、シャウヤきっての機甲鎧技術者である、特務開発課名誉顧問のマノシアさん。
今回【リヨサガーラ】で運ばれてきた物や者はとても多岐に渡るので、受け取りの確認や納入場所の指示など、お手伝いをお願いしていたのである。
「……こほん。とりあえず現状のご報告デス。元被検体の幼子らは、取り敢えずは先に提示しておりマシた養護施設……軍施設の近場のデスね。そちらの人員へと引き継ぎを完了致しマシた」
「んう…………はいっ。ありがと、ございますっ」
「恐縮デス。またフォロー要員として、キャストラムより『エウフロシュネ』と『クロエ』が帯同しておりマス。幼子のコトなら、彼女らに任せておけば万事安心でしょう。……ファオ様は少々
「えっ? あっ!? あっ、あっ……は、はい……スミマセン……」
「えっへへへ……」
シスとアウラを迎え入れたときは、ちょうど私達の生活拠点がひろびろになるタイミングだったこともあり、どうにか同居する形で話を進められたのだが……『子どもたちが十数名イッキに増えます!』となると、カンダイナー部門長もさすがに寛大さを失うレベルである。
ワンニャンを拾ってくるのとはわけが違うし、たとえワンニャンであったとしても、十何匹も同時はさすがにアウトだろう。
とはいえ……私達の背景、そして連れてこられる子たちの背景を全て聞かされてしまった以上、『受け容れない』などという選択肢は
そういった経緯で、この10日弱の間に見つけてきてくれた解決策というのが、このシュト基地南ゲートのすぐ近くに開かれている児童養護施設……そちらにお世話になるというお話だ。
定員的にもなんとかセーフのようだし、専属の人員(たぶんエウフロシュネさんやクロエさんという方々)も手配され、シュト基地教導部との綿密な連携を約束され、さらに軍から協力金も支払われるとあって、先方にも好意的に受け容れてもらえたとのこと。……ほんとありがたい。
なお……オーネとティアの年長者ふたりに関しては、なんか気がついたら自力で交渉を終わらせていた。そしていつのまにか、私達の借りている物件の隣の棟に入ることが決まっていた。
いやいやいや……交渉の手際が良すぎだし、自己アピールも得意すぎだし、順応性も半端ないわ。さすが年長者。
「…………そして……例のふたり、『フィール』および『エア』と呼称されていた子らデスが……」
「は、はい…………えっと、大丈夫そう、でした……か?」
「まぁ……他の子らに比べれば、
「…………こわがって、ない……?」
「ふふふっ、そうデスね。……少なくとも、会話は可能と思われマス。……
「……っ、…………ありがとう、ござい、ますっ」
つい先程までは
それに……先達ふたりへの当てつけのように、私におっぱ……胸部をあててたオーネたちも、やはり自分達と近い境遇の子たちのことは気になるようだ。
大丈夫、ここまで連れてくることができた以上、ぜったいに悪いようにはしない。
戦うことを強制なんてしないし、調査や検査も無理強いはしない。継続的な治療はバッチリ協力するし、進路相談だって(主にコトロフ大尉が)抜かりなく対応してくれる。
……間に合わなかった子たちのぶんまで、この子たちには選択肢を与えてあげたいのだ。
「……っとまぁ、ご報告としてはそんなトコロですか。……どうしましょうね、エウフロシュネとクロエのご挨拶は……まぁ今は恐らく、受け容れ先の施設で大変なコトになっているデスね。キャストラムから納入の品々は、ワタシも主任も居りますので、受領対応は可能デス。……さて」
「っ、シスは……シスは、提案します。ご主人さま、と……もうひとりの、ご主人さま。……たくさん、いっぱい、ずっと、がんばりました。おやすみする、べきです」
「あっ…………アウラも、同意しますっ。……ご主人さま、たち、ずっとがんばる……大変でした、ので……これから、大変する、の、前に……休息、提案し、ますっ」
「…………なるほど、オーネは賛同します。現状において、おねえさまのご指示を必要とするタスクは、さほど多くありません。また、先送りは可能です」
「ティアは、状況を理解しました。おねえさまと、おねえさまのいもうとさま……やっと、身体を取り戻した、と。……今は、再会を喜ぶべきと判断します」
「そうデスね。……確かに、後始末は大人の役目でしょう。たくさん頑張ったファオ様たちには……今は、ゆっくり休んで貰うべきでしょう」
テアの手を握りしめ、またテアの手に握られる私達の様子を見て、どうやら色々と察してもらえたのだろうか。
順調に情緒を育んでいる妹分ふたりも、人生経験と判断力を積んだ大きな妹分たちも、私達の良き理解者である龍腕の研究者も……なんというか、空気を読んでくれたらしい。
私達は決して、彼女たちのことを疎ましく感じているわけじゃない。
……だが、たしかに今日だけは、今このときだけは、この子とふたりっきりで過ごしたい気持ちは、ある。
「…………じ、じゃ……えっと、お言葉、甘え……」
「えっへへへ。じゃあ遠慮なく、ファオ借りてくね! ちゃんときれいにあらって返すから!」
「えっ!? 洗っ…………エッ!!?」
「フフフフ。……ごゆっくり、デス」
「エッ!?!!?!?!?」
私達がちゃんと面倒を見たり、将来を見守っていかなきゃならなかったりする子は、たくさんいるわけで。
これからのことを考えると、今まで以上に忙しい日々となりそうだが。
色々と大変になることは承知の上で臨んだ作戦だったし、犯した罪も背負った命の数も、決して後悔なんてしていないが。
だけど……それでも、ちょっとだけ。
今はちょっとだけ、この『しあわせ』に浸らせてほしいなって。
――――――――――――――――――――
「ずいぶん、待たせちゃったもんね。……ねえ、ファオ? 『やっと』だよ」
「は、ひゅっ、ぷょぇ」
「んふふふふふ。……だいじょぶ。ぜんぶわたしにまかせて、ねっ」
「ひゃ……やひゃひく、ひてくらひゃぃ……」
「もー、かわいいんだから……もぉ」
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