第102話 勝ち目なんて最初から無かったんだ






『な、な、なっ、なんっ…………何なのだ、貴様らは! 貴様ら……は、一体何なのだ!!?』




 いつの間にか距離を開けていた――おそらくあのバカでかい両腕でしばかれたのだろう、あからさまに機体が歪んでいる――敵性特務機体が、なにやらオープンチャンネルでわめきながら近付いてくる。

 しかし……ビオさん(?)の巨大な両腕に恐れをなしてか、一定の距離を隔てたまま。なにやら『構え』のようなものを取っているが、攻撃の姿勢は見せていない。


 ……敵対行動を取れば直ちにと、生存本能が告げているのだろう。



やかましいヨ、小僧共。…………ワタシを忘れたカ? ヘーゼン。リンリー。愚かなイロウアの探求者ヨ。……忘れたと、云うつもりカ? この、【ビオロギウス】の顔を』


『な、に? ………………ッ!! まさか……まさか、貴様は……――』


『カカカッ! 思い出しテくれたカ。偉い偉いネ、もう何十年前になるカ? トキが経つのは早いものネ。……サテ、ついでに思い出しテ欲シイヨ。あのときヤウアナタは……ワタシに『魔法』を求めるとき、何て言テいたネ?』


『…………ぁ、………………ゥ』


『と、トダマース卿……』


使。…………確か、そう言テいたネ? ワタシは覚えてるヨ。異論はアルカ?』


『…………い、いや…………無い、とも』


『カカカ! ソウカソウカ! なら――』



(……あっ?)


――――えっ?




 決して、目を離したわけじゃない。むしろことの成り行きを見守ろうと、見逃すまいと注視していたはずだ。


 だがしかし、気が付けば。ほんの一瞬の間に【T−ティア・ヴィルリーフ】は巨龍の腕で鷲掴みにされているわけで。

 ……私達【グリフュス】よりも基礎出力に勝るはずの、高出力を誇る特務機体が、振り払うどころかギリギリと軋みを上げているわけで。



『や、やメ゛、ロ、ぉ゛ォッ! ……っ、ぐ、が、ガガ、や゛め゛っ、ァ゛………ヵ、ガがあがガ!? ガあ、ぁあァア゛! ガァ゛ガガガガガ――』


『か、カンゼロー卿ぉぉぉ!!』


『申し開き、言い訳、屁理屈。……通すかは知らナイが、あれば言うがイイヨ。さもなくば、今スグコワすネ』



「ちょっ――――」


『ファオ、ファオ、大丈夫ヨ。ファオの妹助ける、ビオもちゃーんとわかてるネ(ひそひそ)』


「ぴゃっ! しょ……しょう、でしゅか」


『ウム……研究成果を騙し取テされれば、怒て当然ヨ。さすがの学術長インクィジタもバチバチのブチギレネ(ひそひそ)』


『ヤー、コワイコワイ。普段ひかえめな学術長インクィジタも、自分の研究成果を愚弄されれば、バチギレも仕方ナシヨ。ありゃもうキマッテルネ(ひそひそ)』


「ひ、ひえぇ……」


――――ぴぇぇ……。




 全てを赦しそうなアルカイックスマイルを浮かべながら悠然と腕を組み、しかしビオさんの傍に侍る巨大な龍腕は殺意マシマシで【ティア】を締め上げ……そのギャップがとてもこわいので、確かにこれはブチギレているようだ。

 どうやら帝国の奴らが使っている『魂を弄ぶ魔法』とは、確かにシャウヤの……というかビオさんの手によって帝国にもたらされたものだが、そもそもが『身体の弱い子の命を助けるため』という触れ込みで伝えられたものだという。


 しかし実際には……幼子の命を救うどころか、冒涜的な実験の数々を企てる原因となり。

 周辺諸国の平和を脅かすのみならず、まるで実験動物のごとく命を消費する、悪夢のような実験機関を生み出すこととなってしまった。




『……ッ、け、『契約』に、不履行は……不備など、無い。……そうとも……機甲鎧の身体があれば、迫る危険を打ち払うことも出来よう。行き着く先は勿論、弱き命を救うことだとも。現状はあくまでも技術の研鑚期間に過ぎず、まだ道半ばであるからして――』


『ソレで?』


『そ、ッ! …………そ、それに……主として『処置』を行ったのは……『契約』を交わした、私ではない。……私は、徹頭徹尾『弱き命を救うため』にしか用いていない。使!』


『……………………』



(いやいやいや……通らんでしょ、それは)


――――なにそれ、へりくつじゃん。約束したわたしじゃないひとが悪いことにつかいます、ってことでしょ? ……うわ、ビオさん『げきおこ』じゃない?


(うっわやっべー。……っていうか帝国人はアレ見て何も思わないの? 危機感とか無いの? そういう国民性なの? しぬぞ?)


――――パーンされちゃうよお。



 確かに、ビオさんと契約を交わして『悪いことに使わない』と宣言したのは、ヘーゼン・トダマース――特務機体【W−オーネ・エナファシオ】に巣食う異物――なのだろう。

 しかしながら、ここ近年で行われてきた数々の処置……私達も含めた数多くの実験体。それらの魂を弄んだのは、今まさに物理的に締め上げられている【T−ティア・ヴィルリーフ】に巣食う異物、リンリー・カンゼローである……と。


 よって、自分ヘーゼンは何ら契約に反していない。虚偽でもって契約を結んだわけではない。騙したわけでもないし、つまりは何も悪くない。

 ……それが『スバヤ生体工学研究所所長』による見解であり、契約を結んだ相手に対する釈明のようだ。




『ハァ……もうイイヨ。【消えてしまえエクサヴァニシュマ】』


『が、ァ゛――――』


『な!? まさか貴様、ッ……カンゼロー卿!!』


『ファオ、ファオ。好機チャンスヨ、ビオが『ホイ』した機甲鎧エメト介抱するネ』


「わ、わ、わっ、わっ!?」



 トゥリオさんの助言に従い、ビオさんの操る巨大な手から『ホイっちょ』された【T−ティア・ヴィルリーフ】へと急ぎ接触。テアに手伝ってもらい、機体の精密走査を行っていく。

 装甲はあちこちベコベコだし、関節可動部も歪んでしまっているようで、はっきり言って戦闘継続は不可能だろう。主動力機関が生きていても、コレでは固定砲台にしかならない。

 それに……どうやら搭乗者の少女『ティア』は気を失っているらしく、操縦室内部の様子にも動きは見られない。まさか本当に異物おじさんが『消された』のかはわからないが、とにかく好機であることは確かだろう。


 物理的に接触できるくらいまで距離が近くて、しかも相手は一切の思考を行っていない無防備状態。この限定条件下であれば、私達の『ハッキング』で出来ることも多い。

 実際にみたところ……やっぱりというかびっくりというか、カンゼローキョーなる異物おじさんの魂は、完全に消え去っていた。

 おそらく、テアに『おイタ』したことで精神力を消耗していたのもあるのだろうが……それでも、抵抗も許さず一瞬で消し去るとは、やはりビオさんもあの龍腕もタダモノではない。



(わ、わたしは『ケダモノ』歓迎ですので)


――――集中して。


(わかってるって! あほなこと考えてないと心の処理が追いつかないの!)


――――そ、そう? …………ごめん、てっきりファオがえっちにしか興味なくなったのかと。だいじなときでもえっちばっか考えてるのかと。……勘違い、ごめんね?


(…………………………………………いいよ)


――――おい、



 冷静さを取り戻した私達は、さっそく作業に取り掛かる。まずは手はじめにと、ことあるごとに私達を悩ませていた『動力装置の暴走自壊機構』を破壊。そのまま搭乗者のほうへと意識を伸ばし、毎度おなじみ義眼爆弾を解除。

 ……これで、帝国側の通信が回復したとしても、もう遠隔処理されることは無い。異物おじさんによる侵食の除去と相俟って、ティアの安全は確保できたと見ていいだろう。

 


 加えて……私達がそうこうしている間、散発的に上がっていた抵抗の手も、いつしか完全に沈黙していた。

 コトロフ大尉が大活躍してくれたお陰で、機甲鎧をはじめとする戦力はほぼほぼ壊滅状態。ここまでバチボコに擂り潰されては、撤退する私達の追撃など到底出来やしないだろう。



 残すは、ビオさんによって折檻されている【オーネ】の中の最悪おじさんのみだが……ビオさんの様子、そして先に散ったカンゼローキョーの例を見るに、その行く末を察するのは容易い。

 果たしてその推測のとおり、苦し紛れの重力魔法を打ち払いながら接近する龍腕によって、特務機体【W−オーネ・エナファシオ】はついに捕らえられ。




『……イロウアとの付き合い方、考え直すイイ切掛にナタヨ。感謝、そしてサヨナラネ』


『ま、待っ――――』




 私達の、そして血の繋がらない姉妹の人生を弄び続けた諸悪の根源は……こうして綺麗さっぱり消え去った。


 最後のトドメを私自身の手で刺せ無かったのは、残念といえば残念だったけど……しかしよりも優先すべきことはある。

 ビオさんの力添えのおかげで、諸悪の根源はこの世から排除された。私達の姉妹らも、もう魂を弄ばれることは無いだろう。



 はー、めでたしめでたし。






――――――――――――――――――――







――――とはならないみたいだよ。


≪ご主人さまっ! 方位310……接近する敵影多数、ですっ!≫


「え!? ひゃ……!?」


――――最寄りの帝国軍基地から来てるみたい。通信は使えないままだけど……あ、【フィール】の大爆発を見られた?


「あ……あり得る! ビオさん、ちょうだい!」


『ォ? おぉ、構わないネ。かわいいファオの『オネダリ』は大歓迎ヨ』


「えっ!? あっ、えっと…………うー! あと、あと……総員、撤退! いそいで、増援がくる!」




 研究所の戦力を壊滅させていたことで、救出した子たちは【リヨサガーラ】各機にばっちり安全に収容できたらしい。

 先に魂もろとも撃墜し(てしまっ)たフィールとエアも、シスの手によって【エルト・カルディア】のキャビンへと送り届けられている。


 フィーデスさんたちがここに居るということは、助けるべき子たちも助け終えたということなので……あとはこの、半壊した2機の中で気を失っているふたりで、回収目標はすべてのはず。忘れ物は持ちましたか。



「て、撤退! 撤退! いそいでっ、いそいで……フィーデスさん、いそいでっ!」


『フム? …………フム。どうネ、ビオ?』


『アー、問題ないネ。ワタシの【擬人肢鎧アルマトロポス】で回収済ヨ。トゥリオはどうネ?』


『問題ないヨ。先の、キチンと回収、いただきます済ヨ』


『ならモウ用はナイネ。思い残すコトもナイ。するヨ』


『おうともヨ』『心得たネ』




 きちんと広域警戒を請け負ってくれていたアウラのおかげで、接近する帝国軍機を早めに察知することができ……またこうして、無事に撤収することができた。

 早めに動き出せたこと、そしてアウラとエルマお姉さまたちによる『隠蔽』魔法もあって、どうやら追っ手は完全に撒けたようだ。

 ……さすがに、ほぼ壊滅してる研究所を完全スルーして追撃に専念しようとするほど、仲間意識が終わってるわけでは無かったらしい。


 機体からの摘出をする暇がなかったので、【ティア】と【オーネ】に関しては半壊した機体ごと持ち帰ることになったが……どうやら追いつかれることもなさそうだ。

 動力部が死んでいるわけじゃないので、浮遊グラビティ機関ドライブの浮力もまた生きているのが助かった。ぷよぷよ浮かぶ機体を牽引するくらいなら、大した負荷にならない。

 私もシスもほとんど速度を落とすことなく、すみやかに撤退することができたわけだ。




 そうして追っ手を完全に振り切り、連邦国方向へと進路を取り……全機の機体出力を、巡航速度へ。

 来たとき同様、木々に隠れるように高度を落とせば……もう捕捉される心配は無いだろう。


 敵国深部への侵入作戦という、突発的ながらも高難度の作戦は……フィーデスさんたちシャウヤの方々の助けのおかげもあって(←超重要)、私達の完全勝利という形で、とりあえずの幕を閉じたのだった。




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