第97話 仕事の時間だ





 改めて、作戦の流れを確認しておこう。



 まず第一段階、通信の広域封鎖。

 鹵獲した【フェレクロス】を操るコトロフ大尉が『賢明な協力者』であるフィーデスさんを『スバヤ生体工学研究所』へと可能な限り近付け、そこで『妨害』魔法を最大範囲で行使してもらう。

 こと『通信魔法』に由来する情報伝達はことごとく遮断され、出撃している防衛戦力への指示はもちろん、施設内部の連絡や通報なんかも妨げることができるだろう。

 なお通信妨害を仕掛けた後は、フィーデスさんはトゥリオさんらと合流する形となるらしい。


 通信が封鎖されたら、第二段階……私達とシスによる奇襲・陽動。

 主要施設を突っつきながら迎撃戦力をおびき出し、可能な限りすり潰す。ここでの頑張りが第三段階と、そして撤退の安全性に大きく影響する。頑張りどころだ。

 ちなみにコトロフ大尉と【フェレクロス】も、私達側の戦力として参戦してくれるというが……慣れない機体だろうし、大丈夫だろうか。


 ともあれ、第三段階。実験体として囚われている子たちの救出と、収容。

 通信妨害と敵襲で大混乱に陥っているところに、アウラの『隠蔽』を隠れ蓑にした【エルト】と【リヨサガーラ】【アラウダ】の部隊が肉薄し、付近に隠れながら待機。施設内部に突入したシャウヤの方々が、救出対象者に『睡眠』を掛けつつ回収し、拉致する。

 戦闘は避けるつもりだが、万一に備えて【アラウダ・ラディアトル】を護衛として配置。またシャウヤの方々は息を吸うように『隠蔽』だとか『強化』なんかの魔法を扱うため、単体の機甲鎧程度ならどうとでもなるらしく……まあ、心配は要らないらしい。……つっよ。


 そして最後に第四段階、すなわち撤収。

 追撃に上がれそうな敵戦力を粗方削り、また救出対象の確保に成功したら、全速力で逃げる。

 その際ついでに、研究施設を破壊しておくことも忘れない。ここでの研究が遅れるほどに――もっと言えば頓挫してしまえば――帝国軍の研究開発部門にダメージが入り、ゆくゆくは連邦国軍への圧力が減るはず。


 加えて……私達のような存在を、無くすことができるのだ。





≪接近する【フェレクロス】へ。こちらは『スバヤ・ポートコントロール』。貴機の所属と目的を明らかにせよ≫


≪此方はスバヤ生体工学研究所所属、コード『スリーダウン』。当機は現在新たな鱗人スケイラの協力者を輸送中である。着陸許可を求む≫


≪おぉ、そいつぁ都合が良いな。所長も喜ばれるだろう。誘導灯に従え≫


≪了解した。……それにしても、な≫


≪全くだ。人形爆弾の増産なんぞ、我々には小難しくて手に負えん。鱗人スケイラの投入が期待出来るのなら、我々もかなりラク出来るだろうよ≫


≪…………そうだな≫



(意外とバレないもんだね?)


――――いやぁアホすぎるでしょ、声とか覚えてないの?


(覚えてなかったぽいね。……コトロフ大尉めっちゃ堂々としてたもんなぁ、違和感なかったよ)


――――さりげなく情報ききだしてるし。ほんと『やり手』のおじさんだよ。


(私のここも『ヤり手』募集中なんですが)


――――集中して。


(はいすみません)




 テアの『ぬすみぎき』は今日も絶好調であるらしく、コトロフ大尉と研究所施設とのやり取りはバッチリ丸裸だ。



(まるはだか)


――――集中。


(ごめんて)



 研究所に併設されている基地……と呼ぶほど物々しくはないけれど、輸送用航空機なんかの発着管制をしているのだろう施設へと、鹵獲機【フェレクロス】はゆっくりと降りていく。

 もし搭乗者の入れ替わりがバレた場合には強行突入する算段だったのだが、そんな心配は杞憂だったらしい。……いや、まあ、こんなところに敵襲とか考えづらいんだろうけど。コッチが楽になるぶんには構わないんだけど。


 ともあれ、これで第一段階の前提条件はクリア。着陸すると見せかけて、ギリギリで滞空したまま機動出力を保つ【フェレクロス】に、帝国側が違和感を抱く……その直前に。




 ノイズのような『ゆらぎ』が急速に広がり、直近の管制塔のみならず周囲の施設を次々へと呑み込み、敷地全てを平らげていく。

 私達が聞き耳を立てていた通信回線も、その通信を行う魔法そのものが沈黙したのだろう。最後まで違和感を抱くことなく、とても平和に『だんまり』である。


 あの『ゆらぎ』が例の『妨害』魔法なのだろう。通信魔法を封じられたとなっては、直接伝令を飛ばすしか無い。行動の大幅な遅延は間違いない。

 この世界この時代の定石をたやすく覆す、シャウヤの操る高等魔法……やはり彼女らは怒らせないほうが良いな。いっぱいなかよししたいな。次はぜひ裸の付き合いをですね。ワンナイトでもいいよ。



――――ファオさん?


(ごめんて! ちゃんとオシゴトするから!)


――――うそついたらひどいよ?


(ほんとほんと、ファオうそつかない)




 見ただけでは内部の混乱は判りづらいが、きっと通信妨害は成功していると信じ、私達も行動を開始する。

 同じく強襲・陽動担当であるシスに指示を出し、隠蔽状態を解除。これ見よがしに高度を上げて『襲撃しますよ』アピールをしてから……蹂躙を、開始する。




――――出力正常。


「作戦、開始っ!」



 とりあえず【ベイオネット】を引き抜き、照射出力ひかえめで挨拶代わりの一射。管制塔の入口付近を薙ぎ払い、熔かし崩し、人員の出入りを阻害する。

 情報収集の『目』を封じられた施設へと一気に肉薄し、格納庫らしき施設目掛けて、両腕の実弾機関砲を立て続けに発砲。防衛戦力の出撃を阻む。



――――熱源感知、複数。


「さすがに出てくるか!」



 一切を瓦礫の山にしてやれれば早いのだが、さすがに非戦闘人員を殺傷するのは気が引ける。施設の入口付近や格納庫のシャッター部分なんかを極力狙い、開閉不可能な状況に陥らせることで出てこれないようにしてみたけれど……まあ、そんなにうまく行かないようだ。

 ともあれ、機甲鎧で向かってくるのなら落とすまでだ。こんな施設の防衛を担っている時点で、私達にとっては敵認定なのである。



 ……まてよ、つまりココで働いている人っていうのは……要するに、例の研究に賛同ないし協力している人なわけで、つまりは全て敵認定して大丈夫ということだろうか。


 …………いや、やっぱやめておこう。予定通り、出てきた防衛力のみを排除する。敵対国家の人間とはいえ、私はむやみに人を殺したいわけじゃない。

 機甲鎧の力を振るっている以上、ただの自己満足に過ぎないのかもしれないが……それでも、私はそう決めた。



――――心がけはいいと思うけど、まずはね。その後にもあるから、がんばって。


「がんばりゅよ」



 格納庫の屋根をぶち抜き、あるいは歪みひしゃげたシャッターを突き崩し、敵防衛戦力たる機甲鎧【パンダルス】がその姿を表す。

 どこか可愛らしく愛嬌ある名前とは裏腹に、これまで連邦国軍に散々被害をもたらしてきた尖兵である。



――――えっ? ……かわ、いい?


「ごめんこっちの話」


――――う、うん?



 マノシアさんの所持する【グラウコス】の後継機であり、現在の帝国軍の陸戦用普及型機甲鎧である【パンダルス】……曲面主体の重装甲を纏った機体は運動性能こそ連邦国軍の【ベルニクラ】に劣るが、曲面装甲ゆえの高い耐実弾防御性能を誇り、撃ち合いにはめっぽう強い。


 そんな機体がぞろぞろと、全部で9機。手に手に短機関銃を携えた防衛戦力が、謎の不埒者を返り討ちにせんと砲火を上げる。

 襲撃者2機に対して、稼働機9機……とりあえずの第一陣の戦力としては、といったところだろうか。





――――やー、だめでしょ。わたしたちとシスだよ?


「だよねぇ……」



 はい、だめでした。まー知ってたよね、だってこちとら特務機体やぞ。



 防御力場シールドを前面に展開した【セプト・カルディア】が敵の機関銃掃射をものともせずに突っ込み、重厚かつ巨大な腕で【パンダルス】をぶん殴る。

 想定外の衝撃にバランスを崩し、懸命に姿勢制御を行うそいつを逃がすわけがなく……もう片手の五指を伸ばし、貫手の形に揃え、、一気に突き込む。


 敵【パンダルス】の腹部に大穴が開き、帝国軍の主力機が一瞬で機能停止に追いやられる。

 眼の前で起きた光景に思わず硬直するもう一機へと【セプト】の腕が容赦なく振るわれ、が、重装甲に文字通りの爪痕を刻む。


 立て続けに2機が葬られたことで、近距離は極めて危険だと判断したのだろう。腕の攻撃範囲外へと逃れた【パンダルス】が、お返しだとばかりに機関銃を構えるが……そこで自分に向けられている【セプト】の指先に違和感を感じたのか、一瞬とはいえ硬直が生じる。

 そこへ降り注ぐのは、【セプト】の五指から立て続けに放たれる。有効射程と火力を抑えた代わりに連射速度を高めた光の雨は、それそのもので機甲鎧を貫くには至らないとて、撃たれた側はたまったもんじゃないだろう。

 思わず自機の腕で重要区画バイタルパートを庇い、動きの止まった【パンダルス】へと、多脚戦闘車輌譲りの滑空砲がぶち込まれる。



――――おお、かっこいい。やっぱ『りんきおーへん』がすごいよね、シスの【セプト】は。


「うーん、腕がデッカいし動力バイパス引けるから、射撃モードも仕込めたけど……さすがに他の機体に転用するのは、ちと難しいかもなぁ」


――――でも特務開発課のひと、とっても楽しそうな顔してたよ?


「まあ、ロマンはわかるよ。……カッコいいもんなぁ、すっごく」



 一連の流れで、立て続けに3機のパンダちゃんをキャンいわせた【セプト】の新装備……物々しい両手の指先に仕込まれた、【ラディアトル】ユニットの派生型、いうなれば『レーザーネイル』といったところか。

 発振器を増やしたことで出力は分散され、刀身はそれこそ『爪』くらいまで短くなってしまったが、それでも機甲鎧に致命傷を負わせられる程度の長さはあるらしい。

 そもそも『腕』が長いので、リーチ的には不自由しない。広げて攻撃範囲を拡張したり、束ねて出力と圧力を高めたり、出力を切り替えれば(射程は短いし威力もぶっちゃけ実用には足らないけれど)射撃も(いちおう)可能。


 もともと【X−7Axシス・セクエルスス】では、巨大な両腕を用いた近接制圧戦闘を得意としていた彼女シスである。

 重機甲鎧【エリアカ】譲りの堅牢な大型腕部に『レーザーネイル』が備わった機体は、この子との相性がとても良いらしく……そして近接格闘戦の練度はというと、ぶっちゃけ『なかなか』のものだったりする。


 会敵からわずか十秒そこら。迂闊にも【セプト】の間合いに捉えられた間抜けさは差し引いても、帝国軍の主力機を鎧袖一触と蹴散らす様は圧巻だ。



「シス、すごいね。そのちょうし、で、きをつけて。いっしょ、がんばろ、ねっ?」


≪…………はいっ≫



――――ファオもすごいけどね。おなじ時間で、4つ……はいこれで5つ。


(そりゃ私はバシバシ射撃してますもん。パンダちゃんだってバラバラと順番に出てくるし、そりゃもう釣瓶つるべ打ちよ)


――――はいファオ語ペナルティね。帰ったらわたしの言うこと聞くこと。


(ぷごー!! ……それはそうと、コトロフ大尉ふつうにうまいね)


――――わりとよゆーで勝ってたね。



 ……まあ、シスがとても強いのは当然とっても助かるけれど、私達だってもちろんなかなかのもんだと思ってる。

 それに『嬉しい誤算』というと失礼だが、鹵獲機【フェレクロス】をお任せしたコトロフ大尉も、余裕で【パンダルス】を下せるくらいの乗り手だった。これは期待できそうだ。


 とうのコトロフ大尉ご本人様はというと……なにやら『呆れ』の感情を私達に向けている気もするが、だって仕方ないだろう。左右肩部ブロックの自在砲塔と手持ちの【ベイオネット】と、私達単機で3門の光学兵器がヤル気満々なのだ。

 この距離であればテアの照準補助もあって(ほぼ)必中、1門増えたことにより連射速度も上がっている。それに多少逸れたところで、周囲ほぼ全てが『ぶっちゃけ壊してもあんまり気にならない施設』な環境である。


 そりゃもう、存分に暴れられるってもんですよ。




――――じゃあ、がんばろ。……大型熱紋反応、完全励起を確認。パターン照合、コード【R−エア・10ティオHsハルス】および【F−フィール・スルLgトリュグル】を確認。加えて励起中の反応、もうふたつ。


「だからってわざわざ来てくれなくて良いんですけど!? しかもよりによってエアいるし!! ぷもお!!」


――――ふふ。ちょっとやばいかも?


「やばいよ! なにわろてんのテアちゃん!」


――――わらってない。気のせい。集中して。


「う、うん? うん……」



 よりにもよって、ちょっとばかし厄介な特務機体が控えていたようだけど……今さら後戻りはできない。私達でやるしかない。

 大丈夫、確かに【R−エア・10ティオHsハルス】と【F−フィール・スルLgトリュグル】は対処が難しいし、注意しなきゃならないこともあるが……落ち着いて適切に対処すれば、なんとか乗り切れる。……はず。





 新たに現れた特務機体の性質と性能を知る私は、そう見積もっていたのだけれど。



 その『蓄えていた情報』は、正しかったのだとしても……眼前に現れた機体と私が知っているものとのには、結局気付くことが出来なかったのでした。




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